佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『塞王の楯』(今村翔吾:著/集英社)

2023/01/02 

『塞王の楯』(今村翔吾:著/集英社)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

【第166回直木賞受賞作】

どんな攻めをも、はね返す石垣。
どんな守りをも、打ち破る鉄砲。
「最強の楯」と「至高の矛」の対決を描く、究極の戦国小説!

越前・一乗谷城織田信長に落とされた。
幼き匡介(きょうすけ)はその際に父母と妹を喪い、逃げる途中に石垣職人の源斎(げんさい)に助けられる。
匡介は源斎を頭目とする穴太衆(あのうしゅう)(=石垣作りの職人集団)の飛田屋で育てられ、やがて後継者と目されるようになる。匡介は絶対に破られない「最強の楯」である石垣を作れば、戦を無くせると考えていた。両親や妹のような人をこれ以上出したくないと願い、石積みの技を磨き続ける。

秀吉が病死し、戦乱の気配が近づく中、匡介は京極高次(きょうごくたかつぐ)より琵琶湖畔にある大津城の石垣の改修を任される。
一方、そこを攻めようとしている毛利元康は、国友衆(くにともしゅう)に鉄砲作りを依頼した。「至高の矛」たる鉄砲を作って皆に恐怖を植え付けることこそ、戦の抑止力になると信じる国友衆の次期頭目・彦九郎(げんくろう)は、「飛田屋を叩き潰す」と宣言する。

大軍に囲まれ絶体絶命の大津城を舞台に、宿命の対決が幕を開ける――。

 

 

 今村氏の小説は「羽州ぼろ鳶組シリーズ」で読むようになり、『八本目の槍』、『童の神』と読んできた。ハズレなし。おもしろい。どの作品も読んでいて気分が高揚し夢中になってしまうレベルであった。それは本書でも同じ。しかも読み物としての面白さは群を抜いている。さすがは直木賞を受賞しただけある。

 物語の舞台は1573年の織田信長朝倉義景の間で起こった一乗谷城の合戦から1600年の関ヶ原の戦いまで。つまり戦国時代であり、物語のクライマックスは関ヶ原の戦いの前哨戦といわれる大津城の戦い(1600年10月13日から同10月21日まで)である。籠城戦を描く中で片や石工集団の穴太衆、片や鉄砲職人集団の国友衆に焦点をあて、城の守りと攻めのせめぎ合いをドラマチックに描く。穴太衆の頭として「塞王」と呼ばれる飛田匡介は絶対に破られることのない最強の楯としての石垣を作りたいと願う。国友衆の頭である国友彦九郞は逆に最強の矛として一日で十万、百万の兵を殺せる砲を作ろうとする。もしそんな砲を作ることができれば、そしてそんな砲を双方が持つことができれば、戦う両者ともが消滅するまで戦うことになるので結果としてどちらもが使おうとしないであろう武器である。「泰平を生み出すのは、決して使われない砲よ」というのが彦九郎の目指す理想なのだ。どちらもが戦のない泰平を願うが、実際の手段は真逆になるという矛盾(まさに矛と盾)がこの物語の中心に大きな問題として横たわっている。現代でいう専守防衛核兵器の抑止力に通じる問題である。当然大津城の戦いで相見えた匡介と彦九郎は己の理想とするものを手に入れた訳ではないので、どちらの方が正しかったという結論が出たわけではない。ただ籠城戦という生死がかかった極限状態の中で、どう行動するか、どう決着をつけるか、そこにある苦悶と決意が読者に迫ってくる。その読み応えは半端ではない。そしてその結末にある歴史的な事実は物語(ファンタジー)に酔う読者に冷や水を浴びせる。つまりいくら楯を強くしようと戦がなくなるわけではない。圧倒的な兵力を前にして、籠城戦はある一定期間持ちこたえることはできてもいつかは落ちるときがくる。そしてその前に、戦をするしないは自分たちの側が決めるのではなく、自分たちの外側が決めるという事実。どんな兵器を使い、どのように攻めてくるかも相手が決めるという事実。それが現実であり、歴史がそれを物語っているのである。「塞王」という平和を願うヒーローを熱く思い入れたっぷりに描きつつ、戦の現実を冷徹に描いた今村氏の筆力に感服した。

 余談ではあるが、武勇であること、雄々しくあることを求められるこの時代の大名にあって、大津城主・京極高次のような頭領の存在に光を当てた今村氏の手腕にも喝采をおくりたい。『八本目の槍』で描かれた石田三成もそうであったが、時の権力者に媚びた御用学者による歴史観や、後世にあってそれを鵜呑みにして書かれた小説などによって不当に貶められている歴史上の人物に今村氏は別の光を当てる。高次は妹・竜子が秀吉の側室になり、また京極家の旧家臣である浅井家の娘・初(姉は淀殿)を正室としたため、自身の功ではなく、妹や妻の尻の光(閨閥)に拠って出世したといわれ、陰で蛍大名と囁かれた人物である。しかし高次が実は家臣や領民の命と平安を旨とし、自分の対面を二の次にした人物であったとして描かれている。蛍大名との侮蔑的なレッテルを貼られた人物のほんとうの姿をかくも魅力的に描いた今村氏に拍手を贈りたい。

 2023年の初読みが本書であった僥倖に感謝。