佐々陽太朗の日記

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『智に働けば 石田三成像に迫る十の短編』(山田裕樹:編/中島らも・松本匡代・南條範夫ほか:著/集英社文庫)

2023/01/05

『智に働けば 石田三成像に迫る十の短編』(山田裕樹:編/中島らも・松本匡代・南條範夫ほか:著/集英社文庫)を読んだ。三成ものである。私の大好きな石田三成を描いた十の短編を収めたアンソロジーです。

 まずは出版社の紹介文を引く。

“日本一の嫌われ者”石田三成とは、いかなる人物だったのか―。豊臣秀吉の下、随一の頭脳派武将として辣腕を振るった彼は、死後四百年経った現在でも評価が大きくわかれる。秀吉との出会い「三献茶」から関ヶ原での敗北に至るまで、十人の実力派作家の作品を時系列に並べて歴史的評価の変遷を辿る、画期的な短編アンソロジー。あなたの三成像を変え、新たな小説の楽しみ方が発見できる一冊!

 

 

 小才子、策士、奸賊、横柄、傲慢、陰険、理屈屋、戦下手、算盤侍、陋劣、小賢し・・・。三成につきまとう悪意のあるレッテルの数々。しかしそれはほんとうなのか。その程度の男に西国の名立たる大名を結集して「関ヶ原の戦い」に挑むことができるだろうか。否。江戸時代初期の徳川の御用学者の捏造したイメージに引きずられた誹りの類いであろう。いわゆる「勝者の歴史」というやつだ。そうした思いが本書の編者・山田裕樹氏にあってこの本が生まれた。私も心を同じくする者である。ただ「石田三成復権」には成功しているとは言い難い。それが少々残念ではある。

 収められたのは牡蠣の十編。

  1. 気配り     中島らも/著    
  2. 美しい誤解    松本匡代/著    
  3. 残骸     南條範夫/著    
  4. 仙術「女を悦ばす法」     五味康祐/著    
  5. 石鹼     火坂雅志/著    
  6. 義理義理右京     吉川永青/著    
  7. 戦は算術に候     伊東潤/著    
  8. 佐和山炎上     安部龍太郎/著    
  9. 我が身の始末     矢野隆/著    
  10. 結局、左衛門大夫は弱かったのよ     岩井三四二/著

『気配り』(中島らも)は落語でいうところの「つかみ」。軽いといえば軽いがアンソロジーのはじまりとして小粋。

『美しい誤解』(松本匡代)は佐吉(石田三成)と紀之介(大谷吉継)はともに少年の頃、近江国の観音寺で学問をしており知り合っていた。そこへ秀吉がふらりと訪れて・・・と、有名な「三献茶」のエピソードに大谷吉継もかかわっていたという話。事実かどうかはあやしく松本氏の創作と考えた方がよさそうだがなかなかよい話。さっそくこのエピソードが収められた『石田三成の青春』(サンライズ出版)を購入し読むことにした。

『残骸』(南條範夫)は信長が実は本能寺の変から逃れ生きていたという意外性をもった話。あやしい話ではあるが、ひょっとしてそんなことも・・・と楽しませてくれる。

『仙術「女を悦ばす法」』(五味康祐)は読み物としておもしろいかもしれないが、些か下品。好みではない。

『石鹼』(火坂雅志)は三成の恋愛秘話。「あなたさま(三成)の仰せになることは、いつでも正しい。理にかなっております。それでも、人は筋道の通らぬ思いにとらわれることがあるのです」「何を言っておるのか、わしにはよくわからぬ」「そう、あなたさまには、おわかりにならないでしょう。だから、人に憎まれる」というやりとりが悲しい。

『義理義理右京』(吉川永青)は忍城水攻めの際、堤防高築に携わった佐竹右京大夫と三成の親交ものがたり。主人公は佐竹右京大夫であるが、三成の考えが常人の考えのおよばぬほどの深さを持っていたが故に誤解されること、実は情に厚い男であったことなどが描かれておもしろい。

『戦は算術に候』(伊東潤)は三成自身は有能であるのに、道具(周りの者)を使いこなせなかったがために・・・という話。

佐和山炎上』(安部龍太郎)は関ヶ原合戦のあと佐和山城が落ちる様子を三成の三男である八郎を中心に描いた作品。人の品格は滅びの中に表れる。本書に収められた十編のなかで一番気に入った作品である。

『我が身の始末』(矢野隆)は理に優る三成がなぜ関ヶ原合戦に敗れたのかを「理だけで人は動かぬ」ということに求めた作品。確かにそのとおりだろう。世の中、筋の通らぬ事ばかり、訳のわからぬことをやる者は多い。それが人の世というものだろう。いやしかし、だからこそ私は三成が好きなのだ。その足りないところがいとおしいのだ。三成の世界が美しいと思うのだ。

『結局、左衛門大夫は弱かったのよ』(岩井三四二)は昨年10月21日に読んだ『三成の不思議なる条々』の一部。ここでの論評は割愛する。

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