佐々陽太朗の日記

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『ホッブズ リヴァイアサン シリーズ世界の思想』(梅田百合香:著/角川選書)

2023/01/15

ホッブズ リヴァイアサン シリーズ世界の思想』(梅田百合香:著/角川選書)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

リヴァイアサン』は、平和と秩序を維持するための真の政治哲学書である。

国家の役割や主権が議論されるとき、必ずといっていいほど取り上げられる政治学の名著『リヴァイアサン』。しかし、日本では「万人の万人に対する闘争」の部分のみが広く有名になり、ステレオタイプ化されている。専門家によって近年飛躍的に解明されてきた作品後半の宗教論・教会論と政治哲学の関係をふまえて全体の要点を読み直し、従来の作品像を刷新。近代政治を学び平和と秩序を捉え直す、解説書の決定版!

「人間の欲望やその他の情念は、それ自体としては罪ではない」

――近代政治哲学の創始『リヴァイアサン』――
一五八八年、イングランド南西部に生まれたホッブズ。彼は政治権力と教会権力の争いによって内乱が起きるなかで、この問題の処方箋は他国にも通用する普遍的なものと考え『市民論』を執筆。さらに教会権力批判を強めて著したのが『リヴァイアサン』である。

【目次】
序論
第一部 人間について
第二部 国家について
第三部 キリスト教の国家について
第四部 闇の王国について
総括と結論
年譜・文献案内・索引

 

 

 本書はイギリスの哲学者トマス・ホッブズ(1588年~1679年)の代表作『リヴァイアサン』の解説書である。ホッブズの『リヴァイアサン』から重要な箇所を抜粋して載せたうえで梅田百合香氏が丁寧な解説を加えるというかたちをとっている。たとえ現代の日本語に訳されていたとしても『リヴァイアサン』原文をそのまま読んだとて、私のようなぼんくらには深い理解など出来はしまい。また分からないものを、それも結構な分量の文を分からないまま読み進める苦痛と言ったらない。それを本書は重要な部分を抜き書きして、ぼんくらにも分かるように解説してくれる。非常にありがたい本である。

 本書を読もうと思ったのは去年の夏、安倍元総理の著書『美しい国へ(美しい国へ 完全版)』(文春新書)を読んだことがきっかけとなった。その本にホッブズの『リヴァイアサン』のことが次のように書いてあったのだ。

リヴァイアサン』には次のような1節がある。

 人間は生まれつき自己中心的で、その行動は欲望に支配されている。人間社会がジャングルのような世界であれば、万人の自然の権利である私利私欲が激突しあい、破壊的な結末しか生まない。そんな「自然状態」のなかの人間の人生は、孤独で、貧しく、卑劣で、残酷で、短いものになる。だから人々は、互いに暴力をふるう権利を放棄するという契約に同意するだろう。しかし、そうした緊張状態では、誰かがいったん破れば、また元の自然状態に逆戻りしかねない。人間社会を平和で、安定したものにするには、その契約のなかに絶対権力を持つ怪物、リヴァイアサンが必要なのだ。

 ロバート・ケーガンは、このリヴァイアサンこそがアメリカの役割であり、そのためには力をもたなくてはならないという。そして力の行使をけっして畏れてはならない。

jhon-wells.hatenablog.com

 

 本書の特徴はおおかたの『リヴァイアサン』解説が前半の「第一部 人間について」「第二部 国家について」に着目したもので終わっており、ホッブズがむしろ紙面の多くを裂いた後半「第三部 キリスト教の国家について」「第四部 闇の王国について」が抜け落ちてしまっている情況を改善し、その後半についても丁寧に読み解いているところです。なるほど、我々日本人は世界で起きる歴史的事象に如何に宗教が深く関係しているかを見落としがちです。特に欧米におけることがらをキリスト教の影響を知らず(あるいは無視して)理解しようとするととんでもない誤解をしてしまう危険がありそうです。ホッブズが『リヴァイアサン』に「教会的かつ政治的国家の質料、形相および力」という副題を与えているように、本書を読み解く上で、宗教論や教会論、そしてそれらと政治哲学との関係を論じた後半を読まねば中途半端です。政治と宗教の関係をどう考えるべきかというのはなにもホッブズの生きた16世紀、17世紀だけではなく、現代においても重要なことだというのは確かです。

 さて、本書の感想です。ひと言で云うと、大変勉強になるありがたい本だということ。分かりやすい例を挙げると、上に書いたようにホッブズが『リヴァイアサン』につけた副題は「教会的かつ政治的国家の質料、形相および力」なのですが、私は”質料”や”形相”という言葉の意味すら知りませんでした。私だけでなく一般には正確に知っている人の方が少ないのではないでしょうか。そうしたことがらを本書で解説してくれているのはありがたい。本書を読んで「自然状態(万人の万人に対する闘争)」や「自然法(あなたが自分自身に対してしてもらいたくないことを、他人に対してするなに要約)」だけでなく、宗教的権威に対する痛烈な批判をも読み知ることができた。深い理解ができたかどうかあやしいものだが、私なりに考えるところの多い読書時間でした。