佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『瓢簞から人生』(夏井いつき:著/小学館)

2023/01/17

『瓢簞から人生』(夏井いつき:著/小学館)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

人生の妙味が詰まった傑作エッセイ集が誕生

大人気番組『プレバト!!』でお馴染みの俳人・夏井いつきさんが綴った、愉快痛快にして心に沁みる傑作エッセイ集が誕生!

≪俳聖バショーさまは、人生を旅になぞらえたが、旅とはさまざまな人と出会い、さまざまな出来事に遭遇することでもある。我が人生において、がっぷり四つで強い影響を与えてくれた人、袖振り合っただけの人から教えられたこと等を書き留めてみるのも、還暦を過ぎ、いよいよ高齢者として歩む人生の道標となるやもしれぬ。そんなこんなの人生の徒然を記してみようと思う。≫ (本書「ケンコーさんと夏井&カンパニー」より)

夏井さんがこれまでの人生で出会った忘れ得ぬ人たちを綴った全45編のエッセイを収録。『プレバト!!』誕生の秘話、師匠となる黒田杏子さんとの出会いや父親の思い出、夢枕獏さんとの意外な交流……どの一編も、俳人ならではの観察眼と夏井さんらしいユーモアが詰まっていて深い余韻を残します。
自作の俳句をはじめ、佳句、笑句も多数紹介。俳句を作るヒントも満載で入門書の役割も果たします。

 

 

 

 本書は俳人夏井いつき氏のエッセイである。読んでいて文章が平明でムダがない。そして自分の感じたことをできるだけ人に伝えようと心を砕いていらっしゃる。さすがは俳人の最高峰と目される方だけある。

 風光る新居で探すコンセント

 本書で紹介された俳句のひとつ。句会ライブで多くの共感を得て優勝した一句だそうだ。いいなぁ。こんなに素直にしかも温かく、未来に希望を感じさせる句を詠んでみたいものだと思った。

 泪より少し冷たきヒヤシンス

 この句にまつわるエピソードが心に沁みた。地方の句会ライブを終え、たまたま入った居酒屋で、その句会ライブに参加していたらしい女性から「大好きな句があるんです。書いていただけませんか」と頼まれたのがこの句だった。どんな句かと問うたとき、その女性はこの句を詠みはじめ、途中で泣き崩れたという。人の流す泪には思い出がある。そしてその記憶は悲しみとともにある種の温もりを感じさせる。あるいは病室で生けられたヒヤシンスやひんやりとした水を入れたガラスの花器をイメージして詠まれたのだろうか。泪の温もりとヒヤシンスの冷たさの対比に人の心の中にある温かみと悲しみを感じた。

 ピンポンの鳴らぬ人生春を待つ

「六百人のピンポン♪」で紹介された句。句会ライブの臨場感がそのまま伝わってくる。夏井氏がこうした交流を心から楽しみ慈しんでいる様子がうかがえて好ましい。

 夏井氏のまわりの人、とりわけ「いつき組」の組員に対する温かい目差しが随所に感じられる。それが端的に表れたのがマイマイ君とフジミンさんの結婚にまつわるエピソード。夏井氏の最もすばらしいところはユーモアを忘れないところ。そんな夏井氏のまわりに集まる人にも明るく生きる人が多いようだ。夏井氏のまわりはいつも笑顔にあふれているのだろうなと想像するだにこちらまで幸せな気分になる。家族の話もよく出てくる。仲が良くそれぞれ皆が健勝で闊達な様は人ごとながらほほえましい。考えてみれば世間に堂々と家族の話ができるというのは夏井氏が幸せであることの証しであろう。

 夏井氏が吟行がてらの散歩途中にふと見つけ、その後行きつけになったという松山の鰻屋『七楽』が気になった。調べてみると昨年自転車遍路の最中に泊まった『たかのこのホテル』からそう離れていないところにあることが分かった。その日は『平八』という居酒屋に行ったのだが、次にあちらに行ったときには『七楽』に行こうと決めた。『平八』も良い居酒屋だったのではあるけれど。なんなら二泊して両方に行っても良い。

「雪の車列に熱の父」、「うみいづの物語」 お父さんの最期のエピソード。鰊蕎麦を口にしての嗚咽の場面。もらい泣きした。

 夏井氏は酒呑みだ。読みながら私も酒をやることにした。人にわかるかわからぬか。藪入りの日に本に酔い酒に酔い、親の記憶にホロリと泪をながす。