佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『お探し物は図書室まで』(青山美智子:著/ポプラ社)

2023/01/26

『お探し物は図書室まで』(青山美智子:著/ポプラ社)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

お探し物は、本ですか? 仕事ですか? 人生ですか?
人生に悩む人々が、ふとしたきっかけで訪れた小さな図書室。
彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。

仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。「本を探している」と申し出ると「レファレンスは司書さんにどうぞ」と案内してくれます。

狭いレファレンスカウンターの中に体を埋めこみ、ちまちまと毛糸に針を刺して何かを作っている司書さん。本の相談をすると司書さんはレファレンスを始めます。不愛想なのにどうしてだか聞き上手で、相談者は誰にも言えなかった本音や願望を司書さんに話してしまいます。
話を聞いた司書さんは、一風変わった選書をしてくれます。図鑑、絵本、詩集......。

そして選書が終わると、カウンターの下にたくさんある引き出しの中から、小さな毛糸玉のようなものをひとつだけ取り出します。本のリストを印刷した紙と一緒に渡されたのは、羊毛フェルト。「これはなんですか」と相談者が訊ねると、司書さんはぶっきらぼうに答えます。 「本の付録」と――。

自分が本当に「探している物」に気がつき、
明日への活力が満ちていくハートウォーミング小説。

 

 

 青山美智子氏を読むのは2020年10月に『木曜日にはココアを』(宝島社文庫)を読んで以来である。図書館から借りたのだが、先約が多くなかなか順番が回ってこなかった。本好き図書館好きの興味をそそる題名だし、なにより青山氏の作風に惹かれてのことだろう。

 小学校に隣接したコミュニティーハウスのある町に住む五人の物語が収められている。それぞれ悩みを抱えていた人たちなのだが、ふとしたきっかけでコミュニティハウス内にある図書室で小町さんという司書から薦められた本を借りて読むことになる。それがきっかけで目の前が少し開け、前向きに生きていこうとする。そして読み終えてみるとそんな五人がそれぞれ少しずつご縁でつながっていた。袖振り合うも多生の縁、そんな物語です。 

  • 一章 朋香 二十一歳 婦人服販売員
     短大を卒業してたまたま内定の出た総合スーパーに就職し婦人服販売員をしている女性の話。自分のしている仕事が「大した仕事じゃない」と感じている。しかし、お客さんからの苦情処理に困っていたところを先輩社員に助けられて、それが間違っていたことに気づく。自分が「大した仕事をしていない」だけなのだと。図書室で薦められた絵本『ぐりとぐら』のカステラ作りですさんでいた生活と心を取り戻すエピソードがイイ。
  • 二章 諒 三十五歳 家具メーカー経理
     高校の頃、とある骨董屋で純銀のスプーンを見つけて以来、いつかアンティーク雑貨店を開くことを夢みている主人公・諒。でもその「いつか」はなかなかやってこない。図書室で薦められた本は『英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ』(ガイ・バーター:著 / 河出書房新社)。それを読んで今まで見えていなかったものに気づく。”ない”を”目標”にすることで”いつか”が”明日”になる。「大事なのは、運命のタイミングを見逃さないこと」
  • 三章 夏美 四十歳 元雑誌編集者
     出版社に勤め、若い女性向けの情報誌の編集者として十五年間懸命に働いてきた三十七歳の女性が主人公・夏美。四十歳が近づいて子どもを産んだ。復職後も同じ仕事の継続を望んでいたが、意に反して資料室に異動させられる。育児の大変さも想像を超えており、夫への不満も高まるばかり。そんなある日、娘と散歩がてらコミュニティハウスの図書室を訪れ薦められた本は『月のとびら』(石井ゆかり:著) そこに書かれていたのは「――私たちは大きなことから小さなことまで『どんなに努力しても、思いどおりにはできないこと』に囲まれて生きています。」 夏美は自分が変わろうと決意する。志はそのままに。
  • 四章 浩弥 三十歳 ニート
     イラストレーターを目指してデザイン学校を卒業したが、したかった仕事に就けず、教材の営業職に就いた主人公・浩弥。しかし仕事はうまくいかず、心が折れてとうとう会社にも行けなくなってしまう。ある日、お母さんに頼まれた用事でコミュニティハウスに行き、図書室を覗く。薦められた本は『ビジュアル進化の記録 ダーウィンたちの見た世界』(ロバート・クラーク:写真/ジョセフ・ウォレス:本文/渡辺 政隆:監訳/ポプラ社)。そこに掲載された写真を見た浩弥は描かずにいられなくなる。
  • 五章 正雄 六十五歳 定年退職
     四十二年勤め上げた会社を定年退職した主人公・正雄。これといった趣味もなく何をすれば良いかわからない。コミュニティハウスでPCの講師をしている妻に勧められ囲碁講座に参加することになった。囲碁はしたことがなかったので本で知識を得ようと図書室へ行く。そこで薦められたのは囲碁の入門書に加えて『げんげと蛙』(草野心平:詩/長野ヒデ子:絵/教育出版センター)

 これらの物語はもちろん作り話です。それも些か出来過ぎた話です。しかし、それを読むことで、読者は心温まり、あるいは元気を、あるいは勇気を得るかもしれない。青山美智子氏の狙いもそこにあるのだと思われます。しかし厳しい人からは”出来過ぎだ”とか”浅い”とか”現実はそんなもんじゃない”といった辛口コメントも聞こえてきそうです。でもそれでいいじゃないですか。何が起こるかわからない人生の中で、奇蹟を夢みることもまた一興。小説にはそれができる。だから私は小説を読み続けるのだ。


親たちの教えるサンタクロースはけっして「嘘」ではなく、もっと大きな「本当」です。

 

 これは本書P181(三章 夏美 四十歳 元雑誌編集者)に書かれた言葉です。夏美が司書から薦められた『月のとびら』(石井ゆかり:著)という本からの引用なのですが、この言葉に著者・青山氏の物語を紡ぐうえでの姿勢が現れているように私には思えます。青山氏の紡ぐ物語は温かく、人の善良な面を見ようとする視点に立っています。しかし現実の世は必ずしもそうではなく、もっと過酷なものでしょう。だからといって、人を信じることや、人生が素晴らしいものに違いないと信じることが間違いで意味がないことだとまでは言えないでしょう。もっと大きな「本当」があると信じて生きる。そのような態度はけっして非難されたり、貶められたりするものではない。あるいは青山氏はそんな気持ちを小説にこめたのではないでしょうか。

 

どんな本でもそうだけど、書物そのものに力があるというよりは、あなたがそういう読み方をしたっていう、そこに価値があるんだよ  

        (本書P165 「夏美 四十歳 元雑誌編集者」より)


 人が本から何を読み取るか。それは人それぞれである。本を読むとき、その人に何らかの心の準備ができていれば、その人の心に響く言葉に奇跡的に出会うことがある。あたかもその言葉に出会う運命であったかのように。私にも過去何度かそんな経験がある。本に書かれた言葉には作者の強く深い思いがこめられている。それこそが本の力なのだろう。

 

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