佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

夜明けのブランデー

「お前、田中冬二がわかるのかい」

 と、叔父に冷やかされた。

 私は、十三歳だった。

 十三だろうが、少年だろうが、田中冬二の詩がわからないような義務教育を受けたおぼえはない。田中冬二の詩は、だれにでもわかる。

 だが、その美しい抒情の世界に潜む田中氏の、人生に対する誠実と謙虚の姿が、当時の私には、さすがに看てとれなかった。

                   (本書P27 「田中冬二の世界」より抜粋)

 

 

 

 『夜明けのブランデー』(池波正太郎・著/文春文庫)を読みました。

 

 出版社の内容紹介を引きます。


 

週刊文春に連載して好評を得た、正太郎絵日記四十章。猫の話、食物の話、芝居の話、旅の話……。名文と絵筆の妙で楽しみが倍加!


 

 

 

   

 

 

 池波正太郎氏のエッセイ。氏が60歳を超えて書かれたもの。文章に添えられた、ご本人直筆の挿画が楽しい。肩の力が抜けて洒脱な文章が心地よく読みやすい。食べ物や映画、酒、万年筆、煙草など、日常にこだわりを持ちつつ、同時に力が抜けている様は、これから老年期を迎える者にとってまさにお手本にすべき姿ではなかろうか。もちろんそうした境地に達するのは若い頃からの積み重ねがあってのことで、簡単に真似ることなどできないけれど。

 冒頭に引いたのは、詩人・田中冬二について書かれたエッセイ。氏は近年の難渋な語彙をもてあそぶ詩を感興をそそらないと仰る。そして、田中氏の銀行員としてつつましく、しかも誠実に仕事をしつつ、詩を発表しつづけ、静かに世を去った生き方を讃える。私は不明にも田中冬二という詩人を知らなかった。amazonで検索しても新しい本は無い。古書も数千円するようだ。古書を買い求めてもよいのだが、やはり手にとって少し拾い読みしてみたい。もちろん値段に見合う値打ちがあると気に入れば買い求めたい。

 もうひとつ、万年筆について書いていらっしゃるのにも興味を惹かれた。商売柄、四十本以上も所有していらっしゃった由。モンブランペリカンシェーファーなどの中でいちばん手に馴染んだのはモンブランだったそうだ。オノトという万年筆も愛用していらっしゃったようだが、このオノトも今は無い。中古がネットに売りに出ているようだ。しかし、私には万年筆博士がある。一生ものと思っている。

 考えてみると、私は池波氏の小説を読まずエッセイばかり読んでいる。池波氏の粋な生き方に憧れるからだが、やはり小説も読まないとな。うん、読もう。