佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『ひなた弁当』(山本甲士:著/小学館文庫)

2026/09/27

『ひなた弁当』(山本甲士:著/小学館文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

逆境に陥った中年サラリーマンの復活物語

王崎ホームの芦溝良郎は、50歳を前に会社からリストラされた。再就職先を人材派遣会社から紹介されたが、どこも長く働くことが出来ない。予備校生の娘の手前もあって、いままで通りに家を出る毎日だった。ある日、公園のベンチに座った良郎は、ドングリ拾いをしている子どもを見て、自分も拾って調理してみる。「食えるのなら、食ってみようかな」。調理して食べられることがわかった良郎は、続いて野草の採取と魚釣りへと行動の範囲が広がった。食材を無料で入手して家で調理しながら、良郎が向かったのは、サラリーマン時代に食べていた弁当屋のいわくらだった……。
同じリストラ仲間の姿に元気づけられ、一度は途方に暮れた中年サラリーマンが、自らの夢を叶えて仕事を始め、おおいなる復活を遂げる。
逆境に陥った主人公を次第に応援したくなる、心温まる感動小説!

 

 

 先週『ひなたストア』を読んだ。気分の良くなる小説だった。リストラによって追いつめられた主人公が、さらに窮地に陥るが、あることをきっかけに再生を果たすというストーリーだった。読み手からすれば予想どおりの展開ではあるが、こうしたストーリーはやはり読後感が良い。その他にもタイトルに「ひなた」が付く作品があったので、残りを古本屋でまとめ買いしてきた。『ひなた弁当』、『民宿ひなた屋』、『ひなた商店街』である。

 調べてみると『ひなた弁当』の単行本が上梓されたのは2009年のこと。出版社は中央公論新社であった。私が読んだ文庫版は小学館で2017年の発刊。『ひなたストア』からすればずいぶん前に書かれたものである。

『ひなた弁当』も主人公がリストラされるところから始まる。リストラによって窮地に陥った主人公の再生の物語という点では同じ傾向の小説である。『ひなたストア』が主人公の働きかけで周りの人間が徐々に巻きこまれていき、やがて成功するのに対し、『ひなた弁当』は主人公個人がコツコツがんばる。その点が少しちがうものの、ある思いつきがきっかけで窮地を脱する方法が見つかり、少しずつ仕事が良い方に向かい始める。それにつれ、ギクシャクしていた家族との関係も良くなっていくという点は共通している。

 興味深いのは本書『ひなた弁当』の主人公がつくづく弱いということ。人に裏切られ、ゴミのように扱われてもろくに文句も言えない男である。主人公について著者は文庫本のあとがきに「彼なら、細い道で他人と遭遇したときは間違いなく、控えめな笑顔で相手に道を譲るはず」と書いている。著者はこの優しさを”強さ”ととらえているのである。強いからこそ道を譲れるのだと。

 そうした”弱い”主人公が意地を見せて彼なりの成功をおさめるところが痛快。

 お約束のストーリーを薄っぺらいと感じる読者もいるだろう。でも私はこうした物語が好きだ。なにか小難しいことを言い、どうしようもない悩みを表現する小説は文学的価値は高いのかもしれないが、私に言わせればしょうもない。賢しらで自己満足に浸り、読者の胸に些かも響かない小説のいかに多いことか。私は(実名は挙げないが)そうした作家より、重松清氏や山本幸久氏、そして本書の著者・山本甲士氏のファンである。

jhon-wells.hatenablog.com

「無花果の天ぷら」「松茸風味のエリンギごはん」

2026/09/26

 本日の厨房男子。
 夕餉は天ぷらと炊きこみごはん。材料はこれ。

 エリンギは炊きこみごはんにする。永谷園「松茸のお吸い物」を米二合に二袋入れて、松茸ごはんのような風味をつける。パッチもんだが、一般庶民はこれでよい。清貧のごはんですな。

 残りの具材は天ぷら。今日は無花果とカマンベールチーズが変わり種。果物の天ぷらはリンゴやバナナもおいしいが、無花果が一番おいしいと思う。見た目も美しい。カマンベールチーズも熱々は中身がとろ~りとしておいしい。これは酒の肴に最高だ。れんこんやピーマンは定番のうまさ。

 酒は「越の誉 純米 AZURE(アズール)」。はじめピチピチした微発泡が爽やか、後から追いかけてくる柔らかく優しい旨味、キレがスッキリした酒です。今日の天ぷらにはなかなか相性が良い。

『くもをさがす』(西加奈子:著/河出書房新社)

2026/09/25

『くもをさがす』(西加奈子:著/河出書房新社)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

36万部突破!
・第75回読売文学賞(随筆・紀行賞)
・書店員が選ぶノンフィクション大賞 オールタイムベスト2023
・ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR 第1位(ノンフィクション部門)
NHK「あさイチ」他続々メディアで紹介!


カナダでがんになった。
あなたに、これを読んでほしいと思った。

これは、たったひとりの「あなた」への物語──
祈りと決意に満ちた、西加奈子初のノンフィクション

『くもをさがす』は、2021年コロナ禍の最中、滞在先のカナダで浸潤性乳管がんを宣告された著者が、乳がん発覚から治療を終えるまでの約8 ヶ月間を克明に描いたノンフィクション作品。
カナダでの闘病中に抱いた病、治療への恐怖と絶望、家族や友人たちへの溢れる思いと、時折訪れる幸福と歓喜の瞬間──。
切なく、時に可笑しい、「あなた」に向けて綴られた、誰もが心を揺さぶられる傑作です。

 

 本日開催の読書会『四金会』の課題図書。開催直前にやっと読み終えることができた。最近、柚木麻子氏の「アッコちゃん」シリーズや山本甲士氏の「ひなた」シリーズに出合い、夢中になって読むうち、本作を読むのが後回しになってしまった。

 さて本書は、2021年にカナダ・バンクーバー滞在中に乳がんと診断された著者が、告知から治療、手術、その後の生活までを綴ったノンフィクションである。結果的に手術を経て病気は寛解するのだが、小説ではないのでけっして格好の良いものではない。病気が病気だけに、恐怖、どうなるのかという不安、なぜ私がという怒り、衰えていく体力に萎えていく気力、痛み、まさに人間の弱さが全開である。独りではどうしようもない。弱い人間が生きるためには周りの助けが必要。家族や友人、隣人など、人とのつながりが彼女を救う。それがあってなんとか耐えることができる。苦境を乗り切ることができる。弱さを抱えたまま、いろいろなことを受け入れて生きる姿が描かれる。そんなことが小説家の文章らしく、「物語」として読者の胸に届く。

 本書の最大の魅力は、深刻な状況を描きながらも、そこはかとないユーモアが感じられるところ。バンクーバーでの会話(英語だかフランス語だかしらないが)がすべて大阪弁に変換されているところも良い味を出している。子どもがドラゴンボールの孫悟空を真似て「カメハメハ~~!!」とやると「ああああ!」とやられたふりをしてくれたというエピソードも大阪っぽい。医療スタッフとの大阪弁(っぽい英語?)のやりとりも楽しい。他所から来た人に対する距離感の近さ、からっとした優しさ、相手の懐にぐいっと入ってくる感じは大阪おばちゃんそのもの。バンクーバーは麻薬中毒者や無法な移民などの問題もよく耳にするが、関西人に馴染みやすい町なのかもしれない。

 異国で病を得た一人の人間が、人とのつながりによって「自分は一人ではない」と感じていくさまが物語となって、読み応えのある作品だった。

 

『幹事のアッコちゃん』(柚木麻子:著/双葉文庫)

2026/09/24

『幹事のアッコちゃん』(柚木麻子:著/双葉文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

アッコさん節、次々とサク裂!
妙に冷めている男性新入社員に、忘年会プロデュースの極意を…(「幹事のアッコちゃん」)。
敵意をもつ取材記者に、前向きに仕事に取り組む姿を見せ…(「アンチ・アッコちゃん」)。
時間の使い方が下手な“永遠の部下”澤田三智子を、平日の習い事に強制参加させて…(「ケイコのアッコちゃん」)。
そしてアッコ女史にも一大転機が!?大人気シリーズ第3弾待望の文庫化。

 

『ランチのアッコちゃん』『3時のアッコちゃん』に続くシリーズ第三弾。第一弾、第二弾と同様、4つの短編で成り立っている。

 収録作は以下のとおり。第二弾と違い、すべての話にアッコちゃんがばっちり登場する。

  1. 「幹事のアッコちゃん」
     宴会幹事を題材に、人との付き合い方、人間関係構築の方法とその価値を考える一編。アッコちゃんの人とは積極的につながるけれど、自分の考え方は変えない、自分の領分を侵させることはないといった、人との距離感が興味深い。宴会幹事は人を知ることからはじまる。そして自分が楽しめる宴会こそが、皆も楽しめる宴会なのだという考え方が面白い。
  2. 「アンチ・アッコちゃん」
     アッコちゃんに敵意を抱くネットメディアの記者・赤井温子が登場します。彼女はアッコさんと同じ大学・同学年という。これまで主要な登場人物は皆アッコちゃん党だったのにどうしたことか。しかし”アンチ”もまた”ファン”の一形態なんだな。少々歪んではいるけれど。アッコちゃんが決して「何でもできるスーパーウーマン」ではなく、彼女もまた弱点を持つふつうの人間なのだというところが良い味を出している。
  3. 「ケイコのアッコちゃん」
     大手商社・高潮物産の正社員になり、しかも仕事ぶりが認められチームリーダーにまでなった三智子は責任感の重圧から仕事漬けになっている。第一作『ランチのアッコちゃん』では、三智子は仕事にも恋愛にも自信を持てない女性であった。それが本作では、正社員になり、チームリーダーにまで成長している。しかし、成長したからこそ今度は「仕事だけの人間」になっている。それが幸せの最終形なのか? 「仕事が出来ること」と「人としての豊かさと厚み」は違うのだと気づかされる一編。
  4. 「祭りとアッコちゃん」
     第一話から続いてきたアッコちゃんと三智子の師弟関係が、一つの到達点を迎えるシリーズ完結編。三智子が勤める高潮物産が、アッコちゃんが経営する会社「東京ポトフ&スムージー」の買収に乗り出た。なんとその交渉を任されたのは三智子であった。かつての上司であり、その後もつねに人生の指南役であったアッコちゃんの会社の命運を三智子が左右する側に立つことになる。――シリーズ全体の締めくくりにふさわしい一編。シリーズがこれで完結するとはどこにも書いてないが、やはりこれで完結するのだろうなぁ。淋しいことではあるけれど。

 それにしても、アッコちゃんのキャラクターに完全に魅了されてしまった。彼女の魅力は「圧倒的な自己肯定感」。すばらしい。

『ランチのアッコちゃん』、『3時のアッコちゃん』、そして『幹事のアッコちゃん』とシリーズ三作をとおして読んでみると、それぞれに収録された短編は独立した話でありつつ、実は三智子の成長物語であった。三智子ははじめ、取るに足りない脇役に見えた。アッコちゃんの存在感に対して、三智子のそれはあまりにも希薄だったからである。しかし目立たず何の才能も無いように見える人にも、何らかの長所があり、ちょっとしたきっかけや心の持ちようで人は変わる。成長する。そんな柚木氏の人生観が見えたような気がするシリーズでした。

jhon-wells.hatenablog.com

jhon-wells.hatenablog.com

『3時のアッコちゃん』(柚木麻子:著/双葉文庫)

2026/09/23

『3時のアッコちゃん』(柚木麻子:著/双葉文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

「アッコちゃんシリーズ」第二弾、待望の文庫化!
 澤田三智子は高潮物産の契約社員として、シャンパンのキャンペーン企画チームに入っているが、会議は停滞してうまくいかない。そこに現れたのが黒川敦子女史、懐かしのアッコさんだった。
 イギリスでティーについて学んできたというアッコさんが、お茶とお菓子で会議の進行を激変させていき――!?
 表題作ほか、「メトロのアッコちゃん」「シュシュと猪」「梅田駅アンダーワールド」を含む全4編を収録。

 

 

 柚木麻子氏の「アッコちゃん」シリーズの第二弾である。

 第一弾『ランチのアッコちゃん』は先月読んだ。第二弾を読んだと言うことはこのシリーズが面白いということに他ならない。

jhon-wells.hatenablog.com

 

 なんだかアッコちゃん、さらに大きくなってないか? 身体がという意味では無く、ワールドワイドにという意味で。そんな思いを抱きながら読み始めた。

 全4話――「3時のアッコちゃん」「メトロのアッコちゃん」「シュシュと猪」「梅田駅アンダーワールド」――から成る短編集。1話と2話にはアッコちゃんが直接登場するが、第3話にはアッコちゃんの経営する会社「東京ポトフ&スムージー」が登場人物の会話の中にちょっと出てくるだけ、第4話では梅田の地下街にある「大阪ポトフ&スムージー」でスムージーを売っているアッコちゃんの姿が見えるだけ。それでもアッコちゃんファンの読者には、アッコちゃんが健在で、いろんなことをやっていることが確認できてうれしい。

 驚いたことに話の舞台が第3話は神戸・岡本、第4話は大阪・梅田だということ。書かれている内容から想像するに、どうやら柚木氏は大阪や神戸を頻繁に訪れているらしい。

 4話それぞれの寸評を以下に書く。

  1. 「3時のアッコちゃん」
     大会社の会議を、イギリス風の紅茶とお菓子で仕切ってしまうアッコちゃんが痛快。シリーズ第一弾に登場した三智子が主人公。
  2. 「メトロのアッコちゃん」
     ブラックな職場環境のなかで自己肯定感を失ってしまい抜け殻のようになってしまっている女性を、アッコちゃんの強引なお節介で救い出す話。強引というか、豪快なアッコちゃんが、実は人をきめ細かく観察し、その人が抱える問題の本質を見抜くするどい洞察力を持つことが良く分かる一話。
  3. 「シュシュと猪」
     東京から関西に転勤してきた女性の戸惑いをユーモラスに描いたコメディータッチの一話。なんと六甲に住む「ベティ」という名の雌猪が登場するファンタジー小説となっている。
  4. 「梅田駅アンダーワールド」
     就職面接のため東京から大阪へやって来た女子大生が、面接会場に向かう途中、梅田の地下街で迷子になってしまう話。物語を通して、人の生き方はさまざまであり、幸せのかたちはひとつではないということが良く分かる。アッコちゃんはちょい役でしか登場しないが、己が信じたまま奔放に生きるアッコちゃんの価値観が暗示される内容となっている。

登美子風ナポリタン

2026/09/21

 本日の厨房男子。

 先日読んだ『喫茶おじさん』(原田ひ香:著/小学館)にでてきたナポリタンを再現。主人公の松尾純一郎が前妻の登美子から教えてもらったナポリタンである。

 末尾に小説中の記述からまとめたレシピを掲載しておきますので、このブログを読んでいただいた方、よろしければ作ってみてください。(レシピの要点がおいしく作るポイントです)

登美子風ナポリタン

Prep: 半日(麺の浸水) Cook: 10〜12分 Serves: 1人分

Ingredients(材料)

  • 乾麺: 50g(一般的な一人前なら100g)

  • 太麺スパゲッティ: 2.2mm

  • ベーコン: 適量

  • 玉ねぎ: 1/4個

  • マッシュルーム: 2〜3個

  • ピーマン: 1/4個

  • ケチャップ:

    • 乾麺50gの場合:大さじ2

    • 乾麺100gの場合:大さじ4〜5

  • バター: ひとかけら

  • 塩・こしょう: 少々

  • 油(炒め用): 適量

Instructions(作り方)

  1. 麺の準備 太麺スパゲッティを半日以上、水に浸けておく。 乾麺とも生麺とも違う、もちもちした食感になる。

  2. 具材を切る ベーコン、玉ねぎ、マッシュルーム、ピーマンを食べやすい大きさに切る。 野菜は入れすぎないのが登美子流。

  3. ケチャップを炒める フライパンにケチャップを入れ、弱〜中火でじっくり炒めて煮詰める。 これが味の決め手になる。

  4. 麺をゆでる 浸水させた麺を、数分だけゆでる。 通常の乾麺より短い時間でよい。

  5. 具材を炒める 別のフライパンで具材を炒め、塩・こしょうで軽く味付けする。

  6. 全体を合わせる 炒めたケチャップのフライパンに麺と具材を加え、よく絡める。

  7. 仕上げ 最後にバターをひとかけら落とし、全体にコクをまとわせる。

 

レシピのポイント(本文からの要点)

  • 太麺(2.2mm)を半日以上水に浸ける → 生麺とも乾麺とも違う、独特のもちもち感が出る。

  • ゆで時間は短くてよい → 喫茶店で「さっと出せる」ための工夫。

  • ケチャップは多めに使い、しっかり炒めて煮詰める → 登美子が最も強調していたポイント。

  • 仕上げのバターひとかけら → 香りとコクが加わり、味がまとまる。

  • 具材は“好きなものを適量” → 野菜を入れすぎると邪魔になる、という喫茶店的バランス感覚。

 

『ひなたストア』(山本甲士:著/小学館文庫)

2026/09/20

『ひなたストア』(山本甲士:著/小学館文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

転職サラリーマンのV字復活物語!

早期退職勧奨を受けた青葉一成は、ちょうど転職先を決まったこともあり、応じることにした。新たな勤務先のグリップグループは、共同の仕入れなどを行う小規模スーパーが集まった会社だった。しかし、直前に社長の交代が行われて新社長が就任。前社長と対立していた社長は、前社長の方針で入社した青葉を快く思っていなかった。何とか開発課長という肩書で入社できたものの、当分は加盟しているスーパーの副店長で現場を担当することになった。
勤務先の「ひなたストア」は、品ぞろえも悪く、店員の活気もなく、くすんだ建物で客もがらがらだった。しかも、近くには大きなスーパーが2軒あって繁盛していた。前社長派の店長は、新社長が近くの大きなスーパーの店長をしていることから、一成を新社長派だと決めつけて全く心を開いてくれない。
自宅にいる妻と娘と離れてひとり暮らしを始めた一成。スタッフとの交流を通じて少しずつ現場の問題を解決しようとするのだが……。八方塞がりのなか、隣に住む老女が大きなヒントを与えてくれる事になる。
廃業必至の店を、どう復活させるのか!?温かな気持ちになれる物語。
『がんこスーパー』を改題しました。

 

 

『ひなたストア』は2020年に小学館文庫から刊行された作品で、もともとは2018年刊の『がんこスーパー』を改題したものらしい。

 この小説をひと言で言うと「仕事も家庭もピンチに陥ったサラリーマンの再生の物語」である。

 主人公は、早期退職勧奨を受けて転職した中年サラリーマン・青葉一成。転職先ではキャリアを活かして会社中枢で働くはずだった。ところが転職した会社の社長が交代し、もらった辞令は「業績不振で廃業寸前の小さなスーパー・ひなたストアに副店長として出向せよ」というものだった。嫌気がさして会社を辞めることを期待した人事であることは明らかだった。

 一方家庭面では、一成とひとり娘の理多との関係はなんとなくしっくりしない。妻の友枝もひなたストアで働くことに異論がある様子。つまり青葉一成の人生が行き詰まりかけている。はてさて青葉一成はこの危機を乗り切れるのか・・・、というのがあらすじである。

 作者自身の「あとがき」にあるとおり、山本甲士氏はこの小説を書くにあたり、地元のスーパーをよく観察されたらしい。その意味でスーパー経営をテーマにした企業小説として読むことも可能だ。しかしうまくいきすぎという気がしないでもない。経営論に焦点があたっているというより、人と人との関係や人情に焦点をあてた小説だ。一成が誠実に仕事をし、店長をはじめ他の従業員に対し誠実に接するなかで、そのひとり一人にやる気の火を灯していく。そのことが店に変化をもたらし、潰れかけのスーパーが徐々に繁盛店になっていく様は、サクセスストーリーとしてかなり楽しめる。読んで元気が出るお仕事小説である。あるいは心が温まる人情小説でもある。テイストとして荻原浩氏、重松清氏が近い。もうお一人、お仕事小説の名手、山本幸久氏とも近いと思う。いずれも“普通の人が再生する物語”を得意とする作家である。抜きん出て優秀というのではない普通の人、しかもちょっと不器用な人、仕事上の行き詰まりに悩んでいる人が、その仕事に真摯に取り組むうち力を発揮し成功するという展開は共通するところではないだろうか。

 以上のように、この小説は本格的な企業小説というより、企業を舞台にした人情小説といった趣がある。しかし考えてみれば多分に上杉鷹山的な要素があるようにも読んだ。

 上杉鷹山は、17歳で米沢藩主となり、破綻寸前だった藩の財政再建と藩政改革に生涯をかけた名君としてつとに有名な人物である。自ら質素倹約を実践して支出を削減する一方、農村復興、用水整備、米沢織などの産業振興、教育・人材育成を進め、藩の経済基盤を立て直した。特に、自ら率先して改革に取り組み、人々の力を引き出しながら組織全体を再生したリーダーという点に、その人物像の特徴がある。

 本書もまた業績不振で廃業寸前の小さなスーパー、半ば諦めてやる気のない経営者と従業員といった環境にあって、主人公である一成は自ら前向きに仕事に取り組む。改善の提案をし、少しでも興味を持ってくれた人と話をし、前向きな意見を採り上げ、一人ひとりの心にやる気の火を灯していく。小さな成功を積み上げて、やがて店全体を変革する。

 重要なのは主人公が「俺が皆を引っ張って店を再興してやる」といったカリスマ経営者ではないところだろう。店の様子、そこに働く人を色眼鏡で見ることなしに注意深く観察する。人との繋がりを作りよく話を聞く。相手の思いや良いところを受け止める。意見を吸い上げ、小さなきっかけを与える。従業員一人ひとりが、自分の仕事にもう一度意味を見つける(心に灯がともる)。組織全体が連動して動き始める。上杉鷹山の藩運営に似ている。上杉鷹山の持つリーダー哲学との共通点を見るとき、経営論として意外に深いことに気づかされる。すなわち鷹山が「財政再建とともに”人材育成”を改革の柱として重視した」こととの共通点に焦点を当てると、経営の勘所を論じた企業小説なのだと言えるのだ。

 「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」

 組織が腐ったとき、指示を変え、命令を変えるだけではなく、「そこで働く人間の気持ち」を変えることから始める。「優秀なリーダーは、人を動かす人なのか。それとも、人が自ら動きたくなるようにする人なのか」 なかなか深いテーマである。

 まあ、そんな難しいことはさておいて、小説は楽しんで読めれば良い。そのうえで「読んで前向きになれる」、「心が温かくなる」、「自分も頑張ろうと思える」、そうしたことにつながればそれに勝るものは無いだろう。最近、心がささくれ立っている人、疲れ気味の人にお勧めな小説です。