佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

ベストスコア更新

2026/07/01

 高校の同級生とゴルフ。場所は播州東洋ゴルフ倶楽部。天気が崩れる予報であったが、早朝6時半からのスルーだったので、雨に降られることなく快調にプレーできた。そのうえ今日はツキもあって私としては大変うれしいスコアであがることができた。下手くそゴルフを長年続けてきたが、今日ひさしぶりにベストスコアを更新することが出来たのである。これまでのベストスコアは87。2023年の9月(播州東洋ゴルフ倶楽部)と2022年4月(小野グランドカントリークラブ)のものであった。3年近くそれを上回ることができずにいたが、今日、めでたくそれを更新することが出来た。

拍手(^-^)//\\ぱちぱち

 お上手な方からすればその程度のことで何を嬉しそうにしているのか、と笑われそうだが、へぼゴルファーの私にとっては一大事である。というのも私のアベレージは100を切るか切らないかがやっと。ここ半年間の12ラウンドの平均スコアは以下のとおり99.5。12ラウンドの内7ラウンドは百叩きの刑に処せられているという体たらく。

  

 ささやかな祝いにラウンド後の昼食は「うな重」にした。使っている米は国産を謳っていたが、うなぎについてはなにも書いていなかった。豚カツ定食と値段は変わらなかったので、産地は推して知るべし。それでも気分はアゲアゲ。 (^^)v

 

『おでかけアンソロジー ひとり旅 いつもの私を、少し離れて』(阿川佐和子 他:著/だいわ文庫)

2026/06/28

『おでかけアンソロジー ひとり旅 いつもの私を、少し離れて』(阿川佐和子 他:著/だいわ文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

だいわ文庫人気のアンソロジーから、新しいシリーズ「おでかけアンソロジー」が誕生!

41人の著者が綴る、ひとり旅をテーマにした珠玉のエッセイ集。
旅先で感じる解放感、誰にも気兼ねしない自由さ――。
「ひとり旅」だからこそ味わえる特別な瞬間を一冊に詰め込みました。
時代も行き先もその心境もそれぞれ違う旅を、いいとこどりで楽しめます。
移動中や旅先で、あるいはどこへも出かけずじっくりと。
読んで旅する、「おでかけアンソロジー」第1弾です。

 

 

“ひとり旅”というテーマで書かれたエッセイ集。といって、この本のために書き下ろしたものではない。時代も作風も異なる41名の作家が綴ったエッセイを寄せ集めたものなので統一感はない。逆にいうとバラエティに富んでおり、さまざまな趣がある。収録作を下に一覧にしておく。  

収録エッセイ一覧(題名+著者)

  1. 行動数値の定量 — 角田光代

  2. 僕の好きな鞄 — 村上春樹

  3. アジアは汽車がいい — 池澤夏樹

  4. 旅先で開く本 — 木内昇

  5. 旅情・旅情・旅情 — 井上靖

  6. 街の会話 — 阿川佐和子

  7. 夜の新幹線はさびしい — 江國香織

  8. タイム・マシンで見た清州城 — 遠藤周作

  9. 旅行の「ヤー!」 — 西加奈子

  10. 渓をおもふ — 若山牧水

  11. 旅の始まりは空港野宿から — 杉森千紘

  12. ONE — 黛まどか

  13. わからない旅 — 田中小実昌

  14. おっちゃん — 小川糸

  15. 空飛ぶブロイラー便 — 椎名誠

  16. 一人旅のススメ — 高橋久美子

  17. 西の要、高尾山 — 久住昌之

  18. 旅上 — 萩原朔太郎

  19. — 中原中也

  20. 夜の旅 — 若菜晃子

  21. 蝗の大行進 — 佐藤春夫

  22. 世界の中心 — 星野博美

  23. 行って楽しむ行楽弁当 — 東海林さだお

  24. 愉快なる地図 大陸への一人旅(抄) — 林芙美子

  25. 青春18きっぷでだらだら旅をするのが好きだ — pha

  26. 上越高田の居酒屋 — 太田和彦

  27. 草木と海と — 柳田國男

  28. 一人旅 — いとうあさこ

  29. 旅(抄) — 池波正太郎

  30. 道草 — 吉田健一

  31. 一人の詩人に話しかけて — 長田弘

  32. 「好き」が旅の道先案内人 — 堀川波

  33. バスの注意 — 外山滋比古

  34. チェーン・トラベラー — 村松友視

  35. 旅について — 三木清

  36. 丹波篠山 — 中島らも

  37. 旅の苦労 — 岸田國士

  38. チャンスがなければ降りないかもしれない駅で降りてみる — スズキナオ

  39. 旅人の目 — 穂村弘

  40. 旅先作家 — 浅田次郎

  41. 長生きしたけりゃ旅に出ろ! — 高野秀行

 村上春樹氏は旅行鞄に対するこだわりが如何にも村上氏らしい。田中小実昌氏、椎名誠氏、中島らも氏らは人間的魅力にあふれている。文章がどうのこうの以前に大好きだ。浅田次郎氏が売れっ子作家になる前に”旅先作家”に憧れた気持ち、良く分かります。小説好きの人間は皆憧れていると思う。萩原朔太郎氏と中原中也氏の詩人対決は萩原氏の勝ち!(個人的な見解です)
 三木清氏の「旅は過程である故に漂泊である。出発点が旅であるのではない、到着点が旅であるのでもない、旅は絶えず過程である」は名言。

『姫路の交通五十年〈この眼で見た姫路の五十年シリーズ〉』(高橋秀吉:著/高橋文庫)

2026/06/27

『姫路の交通五十年〈この眼で見た姫路の五十年シリーズ〉』(高橋秀吉:著/高橋文庫)を読んだ。姫路市立図書館で借りた本である。

 姫路市の郷土史家の高橋秀吉氏によって記された貴重な本です。本の奥付には昭和三十八(1963)年十一月一日刊行とある。(かんれき記念出版)とも記してある。私が生まれたのが昭和三十四年。ということは私が生まれて数年後に還暦を迎えられた著者が子どものころの姫路を思い出しながら、鉄道、バス、自動車と言った交通の様子を記されたものだということになる。今から遡ること百年以上前の姫路の交通の様子が、当時の子ども目線で描かれていて興味深い。

 私が一番興味を引かれたのは、姫路市にはじめてバス(乗合自動車)が走ったときの模様である。「1908(明治41)年に姫路市船場の牛尾庄吉氏が、姫路駅前~野里間に乗合自動車を走らせた……」と述べている。牛尾氏は稀代の機械好きで、いろいろと発明、工夫の特許を取った人だが、自動車を動かして人々の役に立てたいと思い、貸家20軒を売って5千4百円の資金を作り、大阪から自動車を買って来て、乗合営業をはじめたという。姫路駅前~野里間は、1903(明治36)年に明治天皇行幸の際、新しい道路がつけられたため、道路条件に恵まれていたようだ。残念ながら時期が早すぎて長続きせず、徳山の方に売られたそうだが、起業家の気概が感じられるエピソードであった。

 私に縁のあった会社についても「郷土の誇る神姫バス」として書かれている。嬉しいことである。

 

 

『杢酒場』で極上の酒を飲む

2026/06/23

 友人に誘われて姫路城の西、材木町にある『杢酒場』で飲んだ。

 こちらの女将さんは以前、加古川の寺家町でお母様と居酒屋をやっていらっしゃった方。私はそのお店に数回おじゃましたことがある。おいしい手作り料理でお酒が飲めるすばらしいお店であった。ご主人は兵庫漁連で海苔の検査をされる専門家。加古川のお店でお目にかかったことがあったと思う。確か明石の『立ち吞み たなか』で「大信州の蔵人さん達と飲む食べる喋る会」にもいらっしゃって、プライベートではロードバイクにも乗られ、お酒の会も主催されることがあるように伺った記憶がある。違っていたらごめんなさい。結婚されてこの居酒屋を開店なさった由。お店の開店はもう2年も前になるそうである。開店早々駆けつけて御祝いを申し上げるべきところ、いまごろノコノコ訪問させていただくとは、不義理をお詫び申し上げます。

 お店は道路と船場川をはさんですぐ東にお城がある風情のある場所にあり、古民家を改装したレトロの中にほどよくモダンを取り入れた空間である。テーブル席で仲間とおしゃべりしながら落ち着いて過ごすも良し、カウンタ席で料理人の仕事を見ながら酒をやるのも良し。実に居心地が良い。今日はカウンター席に陣取った。

 冷蔵庫を覗かせていただいたが、「新政」「而今」をはじめ、人気がありすぎてなかなか手に入らない酒がずらりと並んでいる。あれを飲みたい、これを飲みたいと指定して飲むのも良いが、料理をおまかせでお願いしたので、それに合いそうな酒を女将にチョイスしていただくことにした。

 仲間が揃うまでにフライングでビールをいただく。銘柄は指定しなかったがキリンの「ブラウマイスター」が出てきた。しっかりとした旨味とキレを両立させたこれぞビールという味。これを置いている店は少ない。味に対するこだわりを感じる。

 ビールをいただいている間に仲間が揃い食事がスタート。あとはぐだぐだ能書きをたれる必要はないだろう。写真を見ればその料理のうまさと合わせた酒のすばらしさを雄弁に物語るだろう。

 能書きはたれないと言ったが、記憶にとどめるために少しだけメモを残しておく。なにせ昨日何を食べたかも、忘れてしまうほど耄碌しかかっているのだ。

 まずは酒。初めて飲んだ銘柄がふたつあった。ひとつは茨城県は森島酒造の「森嶋 ひたち錦 辛口 純米吟醸」。赤いラベルのやつです。軽快な口あたり、キレの良さはどんなりょうりにも合う辛口。蔵の名は森島酒造なのに、酒は森嶋というどうでも良いことが気になる。もうひとつは山口県下関市、長州酒造の「天美 純米吟醸 蛍天(ほたてん)」。アルコール度数を抑えているらしく柔らかい口当たりの酒であった。甘みは抑え気味だが口あたりが柔らかい分、旨味としてしっかりと感じられる。青リンゴのように爽やかな酒。蛍の舞う今の時季にぴったりの酒。あっ、そうそう。最後に飲んだ「奥播磨 樽酒」は珍しい酒であった。地元の酒だけに、「奥播磨」をたくさん飲んできたが「樽酒」は初めて。今度、下村酒造に行ったときに訊ねてみるつもりだが、手に入らないだろうなぁ。

 次に料理。すべておいしく品数もたっぷりであったが、最も記憶に残るのは〆のごはん。炊きたてごはんに味噌汁、丸干し、漬物、そして海苔。海苔は焼き海苔と味海苔の二種類を味比べ。ほんものの味でした。ごはんをおかわりしてしまった。純米酒をあれこれ堪能した後、ほんものの日本食。この国に生まれてよかった。そう思ったところに皮を炙ったばかりのもなかとお薄。なんとも幸せな夜でした。

大阪の個性派クラフトビールでサッカー日本代表の勝利を祝う

2026/06/21

 今朝、宅配便が届いた。箱入りで、差出人は娘夫婦。何かと開けてみるとビールの詰合せであった。父の日の贈り物のようだ。たまに顔を見たときに、年々老けていくのを見ると、少しは優しい気持ちになるものらしい。左の四本はうまいと評判の「箕面ビール」。その右は「壽酒造」のもの。一番右は「クラフトビアベース」 の「阪神タイガースエール」。ありがたく飲ませていただいた。

 今日はサッカー日本代表のチュニジア戦がある日。試合が始まる前に「箕面ビール」で気勢を上げた。アテは餃子。今日はサッカー観戦で気もそぞろ。市販のもので済ませた。

 試合は「日本4:0チュニジア」で快勝。こころよい余韻に浸りながら台所に立ちアテを作る。

 まずは「もったい茎の梅肉塩昆布和え」。「もったい茎」というのはみょうがの花穂部分の出荷時にサイズ調整のために切り落とされていた部分。通常は破棄されるものだが、この部分が歯ごたえが良くおいしい。それこそ捨てるなんてもったいないので「もったい茎」。たくさんあったので残ったものはきざんで醤油漬けにした。冷や奴に載せたり、アツアツごはんに載せるとなかなか乙な味である。

 もう一品は「アスパラの肉巻き焼き」。アスパラに大葉と豚ばら肉薄切りを巻いて甘辛く焼いた。こいつはビールに合う。

 〆は鯖ずし。酢飯には実山椒と刻んだみょうがの茎で風味付けした。素人仕事にしてはなかなかうまい。良き一日かな。

『竹取物語/森見登美彦:訳/河出文庫・古典新訳コレクション』

2026/06/21

『竹取物語/森見登美彦:訳/河出文庫・古典新訳コレクション』を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

かぐや姫×森見登美彦!
1000年以上も読み継がれる「物語の原型」を
竹林をこよなく愛す当代の人気作家が現代語訳!


翁がある日、光る竹の中に見つけた可愛らしい小さな人。やがて絶世の美女に成長したかぐや姫は、言い寄る求婚者たちに無理難題を課す。恋に破れ去る男たち、そして、「その日」は近づく――千年以上も前に書かれ、読み継がれてきた異世界譚を、竹林に並々ならぬ思いを寄せる作家・森見登美彦が現代語訳した必読の一冊!

竹取物語とその現代語訳にまつわる舞台裏をたっぷり語った講義「作家と楽しむ古典 僕が書いたような物語」、竹林の中へ入り込んだ幼少期の原体験からはじまる文庫版のための書き下ろしあとがき「生きていることのふしぎ」も収録。

【もくじ】
竹取物語
全集版あとがき 
千年の失恋
特別収録 
講義「作家と楽しむ古典」 僕が書いたような物語
文庫版あとがき 
生きていることのふしぎ
解題 大井田晴彦

 

竹取物語 (河出文庫)

 


 森見登美彦氏は『竹取物語』を森見文学に再創造した。しかしそれはけっして原文を軽んじているのではない。『竹取物語』を愛し、それ故に森見氏なりの化粧を施している。原文の持つ”澄んだ美しさ”といったテイストを”ユーモアと温かみ”をもったものに変えることに成功しているのである。しかしその態度は真摯であり決して軽々しいものではない。物語へのしっかりとしたリスペクトがあり、やり過ぎにならぬようギリギリのところにとどめてもいる。

 森見氏の作品を愛読してきた私には、彼の持つ『竹取物語』への思いが良く分かる。ひとつは「竹」の物語であること。二つ目は黒髪の乙女に恋い焦がれる物語であること。三つ目は失恋の物語であること。森見氏は『竹取物語』をあとがきに「最終的には地球を丸ごと失恋させる物語だ」と評した。まこと、そのとおりであるなぁ。

 興味深いのはかぐや姫が求婚者たちに取る態度の変化である。嘘をついたり、権力や金に飽かしてかぐや姫の課したハードルをクリアしようとした四人に対する冷ややかな態度が、五人目の石上の中納言に対しては少しちがってくる。石上の中納言は燕の子安貝を取り損ねて大けがをし、それが原因で遂には落命してしまう。姫は彼に対してだけは「あはれ」という感情を抱いた。別世界の存在が、現世の人間に少し近づいたということであろうか。そうした心境の変化が見え始めた後に帝の求愛を受ける。姫は下界の人間に変わりつつあった。しかし住む世界の違うという運命は二人を別つ。姫は天に昇る前に形見として帝に不死薬を贈るが帝はそれを飲むことなく富士山で焼却させた。永遠に生き続けることは、再び姫とまみえることのない人生を行き続けるということに他ならないから。はじめは笑いを誘う滑稽話であった物語が、途中からしみじみと胸にせまるラブストーリーに変じたのである。子どものころ、絵本などで幾度となく読み、人の語りを聴いてきた私だが、想像もしなかった極上の物語がここにあったことにおどろいた。子供騙しのおとぎ話だと思っていたら大間違いである。

 これまで多くの著名作家によって現代語に訳されてきた物語だが、ここに森見氏が参入してきた理由が分かるような気がする。黒髪の乙女に恋い焦がれ、その思いが切実であるが故に周りから滑稽に見えてしまう京都の腐れ大学生が森見登美彦の原点であるとすれば、高嶺の花が滑稽な男に持つ「あはれ」という感情こそ森見登美彦の心を揺さぶったのであろう。森見氏の現代語訳にはそんな熱がある。

 森見氏によるふたつのあとがき「千年の失恋」と「生きていることのふしぎ」が収録されているのも、森見ファンの私にはうれしい。加えて2016年6月にジュンク堂書店池袋本店で開催された講義が『「作家と楽しむ古典」 僕が書いたような物語』として特別に収録されており、これまたうれしく読ませていただいた。極めつけは大井戸晴彦氏による「解題」。平安朝文学研究者の視点で、私のような浅学の者にも『竹取物語』の奥深さを分かりやすく解説してくださる。まるでアホな学生を相手にする大学講義のように、あくまで分かりやすく、しかし品格は保ちつつ。すばらしい。

 求婚者五人の失敗エピソードを読んでいくと、その末尾に必ず、「その出来事が後世の言葉の由来になった」という形の語源説話が付されているというパターンに気づく。それが落語の落ちのようになっているのだ。「國民文庫」にある原文と森見訳を引いて対比しておく。

  1. 石作皇子 ― 「はぢをすつ(面なし)」
    (原文)鉢を棄てゝまたいひけるよりぞ、面なき事をばはぢをすつとはいひける。
    (森見訳)贋物の仏の鉢を門の脇に捨てた後になってさえ、しつこく言い寄ったのはじつに厚かましいことであって、この皇子の振る舞いから、厚かましいことを「鉢を捨てる」、すなわち「恥を捨てる」というようになったのである。
  2. 車持皇子 ― 「たまさかる」
    (原文)皇子の御供に隱し給はんとて、年頃見え給はざりけるなりけり。是をなんたまさかるとはいひ始めける。
    (森見訳)「皇子はまわりの人から身を隠そうとして、とうとうそれきり姿を消してしまったのだった。玉の枝がきっかけで皇子は魂が抜けたごとく世を離れてしまったことから、そのようになることを「玉離る」、すなわち「たまさかる」と言うようになったのである。
  3. 右大臣阿倍御主人 ― 「あへなし」
    (原文)或人のいはく、「裘は火にくべて燒きたりしかば、めらめらと燒けにしかば、かぐや姫逢ひ給はず。」といひければ、これを聞きてぞ、とげなきものをばあへなしとはいひける。
    (森見訳)かぐや姫の屋敷に仕えている人が答えるには、「皮を火にくべてみたら、メラメラと焼けてしまったので、かぐや姫は結婚されませんでした。ですからこちらに阿倍の大臣はおられません」と言う。このやりとりを聞いてから、世間では思いを遂げることができず失敗することを、「安倍なし」、すなわち「あへなし」と言うようになったのである。
  4. 大伴大納言 ― 「あなたへがた」
    (原文)世界の人のいひけるは、「大伴の大納言は、龍の玉やとりておはしたる。」「いなさもあらず。御眼おんまなこ二つに李のやうなる玉をぞ添へていましたる。」といひければ、「あなたへがた。」といひけるよりぞ、世にあはぬ事をば、あなたへがたとはいひ始めける。
    (森見訳)世間の人が言うには―――― 「大伴大納言は龍の頸の玉を取っていらっしゃったのかい?」 「いや。そのかわり両方の目の下に、スモモみたいな玉をつけていらっしゃったよ」 「そのスモモは・・・・・いくらなんでも食べがたい」 こんなやりとりから、常識はずれなことを「食べがたい」、そこから転じて「たえがたい」と言うようになったのである。
  5. 石上中納言 ― 「かひなし/かひあり」
    (原文)「かひはかくありけるものをわびはてゝ死ぬる命をすくひやはせぬ」と書きはてゝ絶え入り給ひぬ。これを聞きて、かぐや姫少し哀(あはれ)とおぼしけり。それよりなん少し嬉しきことをば、かひありとはいひける。
    (森見訳)「貝はなくても甲斐はあったとも あなたがこうして思いやってくれたのですから 死にゆくこの命をあなたの匙(かい)ですくってもらえたらなあ」 これを聞いて、かぐや姫も少し「かわいそう」とお思いになった。こんなことがあってから、少し嬉しいことを「甲斐がある」と言うようになったのである。

 

『父親たちにまつわる疑問 ”ALIEN QUARTET"』(マイクル・Z・リューイン:著/武藤陽生:訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)

2026/06/12

『父親たちにまつわる疑問 ”ALIEN QUARTET"』(マイクル・Z・リューイン:著/武藤陽生:訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

名匠マイクル・Z・リュ―インの代表作
私立探偵〈アルバート・サムスン〉シリーズ
待望の最新作登場!


私立探偵アルバート・サムスンの事務所にやってきた奇妙な青年。話によると彼は「地球外生命体と人間のハーフ」で、最近部屋に空き巣に入られ、宇宙人の父から贈られた貴重な石を盗まれたのだという。その調査を頼まれたサムスンは渋々ながら引き受けるが――新米警察官として奮闘中の愛娘サムの力を時には借りつつ、ユニークな事件の数々を探偵サムスンが解き明かす。待望の連作集。解説/吉野仁

 

 

 久しぶりのアルバート・サムスンものである。それもそのはず、2021年11月に読んだ『眼を開く ”Eye Opener"』(2004年刊行)の後、シリーズ続編が発刊されなかったのだから。私自身、もう続編は書かれないものと考えていた。その寂しさを埋めるために、アルバート・サムスンシリーズへのオマージュとして書かれた宮部みゆき氏の杉村三郎シリーズを読んだりもした。それがどうだ。なんと2022年9月にシリーズ最新刊である本書が刊行されていたのだ。うかつであった。しかしそれに気づくことができて良かった。

 私立探偵アルバート・サムスンの魅力が凝縮された中編が四篇収められた連作短編集であった。原題”ALIEN QUARTET" は、直訳すると「エイリアン(地球外生命体)の四重奏」となるだろうか。物語は自称・宇宙人(地球外生命体)と人間のハーフを名乗るレブロンという風変わりな男からの依頼で始まる。宇宙人の父親から贈られた石が盗まれたというのだ。決して探偵小説からSF小説に転向したのではない。依頼者レブロンは変わり者だが、ごく地味な一般市民。サムスンはいつもながらの銃を持たず、酒もたばこもやらず、マッチョでもない草食系知性派探偵である。そうこなくては。四篇を通じて「父親」と「家族」をテーマとする温かくもほろ苦い話は実に味わい深い。サムスンの愛娘サム(サマンサ)が駆け出しの警察官として登場しており、父娘の関係性にも心あたたまる。

 武藤陽生氏の訳も良い。作中、気に入った言い回しが随所にあった。試しにふたつほど引いて、AIに原文の言い回しを調べさせた。AIは良く間違った答えを返すので、原書にあたってみないと本当かどうか分からないが、以下のような回答であった。

「いじめっ子への対処方法はひとつしかない。立ち向かうことだ。」(本書187P)

"There is only one way to deal with a bully," I said. "Stand up to them."

 

「フィッツが我々の好意を踏みにじったとわかったとき、署長はふたつの選択肢を与えました。デルファイから出ていくか、もしくはデルファイから出ていくか。」(本書271P)

"When the Chief realized Fitz had abused our hospitality, he gave him two choices," she said. "Leave Delphi, or leave Delphi.

 どうでしょう。どちらも如何にもハードボイルドらしい気の利いた言い回しではないでしょうか。一つ目には人としての矜持があり、二つ目にはユーモアがある。小説を読むには日本のものに優るものはないが、それでもこんな言い回しに出会うと洋書を翻訳したものもなかなか良いものだと思えます。

 シリーズに読み残しがないかどうか気になり、これもAIに「日本で出版されているアルバート・サムスンものをリストアップして」と訊ねてみた。帰ってきた答えは以下のとおりであった。

日本国内でこれまでに翻訳・出版されたマイクル・Z・リューインの「私立探偵アルバート・サムスン」シリーズの作品リストです。

長編8作、連作短編集1作、そしてスピンオフ・関連作が国内紹介されています。出版はすべて早川書房からで、当初はポケミス(ハヤカワ・ミステリ)やハヤカワ・ミステリ文庫で順次刊行されました(2022年の生誕80周年には一部名作の新版や新刊も出ています)。

アルバート・サムスン・シリーズ(主役作品)
長編の多くは1970年代〜1990年代にかけて翻訳されましたが、近年になって後年の長編や短編集が追加で翻訳されています。

  #    邦題    原題(発表年)    日本での初訳・刊行形態

  1. 『A型の女』    Ask the Right Question (1971)    ポケミス(1978)/ハヤカワ文庫
  2. 『死の演出者』    The Way We Die Now (1973)    ポケミス(1978)/ハヤカワ文庫
  3. 『内なる敵』    The Enemies Within (1974)    ポケミス(1980)/ハヤカワ文庫
  4. 『沈黙のセールスマン』    The Silent Salesman (1978)    
    ポケミス(1985)/ハヤカワ文庫 ※2022年に**〔新版〕**文庫が刊行
  5. 『消えた女』    Missing Woman (1981)    ポケミス(1986)/ハヤカワ文庫
  6. 『季節の終り』    Out of Season (1984)    ポケミス(1989)/ハヤカワ文庫
  7. 『豹の呼ぶ声』    Called by a Panther (1991)    ポケミス(1993)
  8. 『眼を開く』    Eye Opener (2004)    ポケミス(2006)
  9. 『父親たちにまつわる疑問』    Alien Quartet (2018)    ハヤカワ文庫(2022)  ※連作短編集

 全て読んでいる。安心した。ただ、『アルバートのリスト "Albert's List”』という短編が『ミステリマガジン』2022年9月号(特集内容:「マイクル・Z・リューイン生誕80周年記念特集」)に掲載されているという。さっそく古書ではあるがバックナンバーをAmazonで見つけ、ポチッとしたのは言うまでもない。