佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

トマトと卵のカレー、ホップとオクラとサヤインゲンの天ぷら、煮干しとごぼうと人参のかき揚げ

2021/07/22

 本日の厨房男子。

【昼餉】

「トマトと卵のカレー」

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【夕餉前】

『素敵な蔵書と本棚』(ダミアン・トンプソン:著)を読みながらモヒートをやる。ミントは家の庭から摘んできた。

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【夕餉】

ごぼうと人参のきんぴら」

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「ホップとオクラとサヤインゲンの天ぷら」

ホップはご近所のNさんが育てられたもの。

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「煮干しとごぼうと人参のかき揚げ」

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「きゅうりの浅漬け」

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「萩の露 純米吟醸 別誂え 限定蔵出し生」

きゅうりは知人からいただいたもの。

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『素敵な蔵書と本棚』(ダミアン・トンプソン:著/田中敦子:翻訳/産調出版)

2021/07/22

『素敵な蔵書と本棚』(ダミアン・トンプソン:著/田中敦子:翻訳/産調出版)を読んだ。

 何ヶ月か前、米ギャラリー大手前での「本の会」で参加者が紹介された本である。その時、この本を手に取り、パラパラとページを捲ってみて、その美しさに魅了されたのである。

 まずは出版社の紹介文を引く。

書籍をこよなく愛する人に捧げる写真集。自らを愛書家を称する著者ダミアン・トンプソンが、リビングから書斎&ライブラリー、キッチン&ダイニング、ベッドルーム&バスルーム、階段&廊下、子ども部屋へと、住まいの各部屋をめぐりながら、本のさまざまな収納アイデアを披露。人と蔵書とのつながりを紹介しながら、インテリアのなかで書物が果たす2つの重要な役割――機能性と装飾性――を探究していく。本を置くことで空間に息吹を与えるテクニックを豊富な実例とともに紹介する。

 

 

 私は本の収集家ではない。美装本を手に取るとうっとりするが、それを所蔵しようとは思わない。高価な本を所有したいがために買うことに躊躇いがある。というよりそのような行為を忌避していると言って良い。貧しいとまでは言わないが、さほど豊かでない家庭に生まれ育った者として当然のことだろう。ただ買った本を読んだ後、それを捨てたり売り払ったりすることもできない。読んだ本に、それも楽しんで読んだ本なら余計に愛着を感じてしまい、ついつい手元に置いてしまう。そんなこんなで私の部屋には4,000冊前後の本がある。壁三面(残り一面は窓)のほとんどが書棚になっており、すべてが本で埋まっている。収まらない本は床に平積み状態である。本の数はおよそである。年間100冊ほどを読むので、大学を卒業して家に帰ってきてからこちら40年近くでそれぐらいになる勘定だ。私は本を仕事に行くときも旅行に出かけるときも鞄に入れて持ち歩く。バスや電車の車中、またちょっとした空き時間に開いて読むためだ。だから所蔵している本の大半は文庫本である。そんな本たちが壁一面に収まっている様を眺めるのは愉しい。様々な色と文字の背表紙が織りなす模様は美しくもある。ただ我が家の本棚はダミアン・トンプソン氏がこの本『素敵な蔵書と本棚』で取り上げる蔵書でも本棚とは少しちがう。いや、かなり違う。この本にあるのはインテリアとして計算された蔵書と本棚なのである。丁寧な装幀が施され、客の目にさらされることを予定して選ばれた蔵書。空間の中で目を引き、さりげなさを装いながら知的であることを印象づけるアイテムとしての蔵書と本棚が美しい写真でどのページにも溢れている。「しゃらくせえ。本はインテリアなんかじゃねえぜ!」と腐しながらもページを捲る手が止まらない。写真に目が奪われる。眼福とはこのことか。

 考えてみれば20世紀後半から21世紀前半を生きることができた私は幸せなのかもしれない。世は既にデジタル時代。電子書籍や”Audible”といった本の楽しみ方に置き換わりつつあり、もう10年、20年すれば個人でこの本にあるような蔵書と書棚を持つ人はよほどの趣味人か金持ちだけになってしまうのかもしれない。既に紙媒体の本は懐古趣味と言われ始めている。紙で読みたい派の私ですら”Kindle”を持っており、それには6インチの画面厚さ約8ミリの中に数千冊の本が入ってしまう。私の世代は音楽においてメディアの激変を経験してしまっている。LP・EPレコード、カセットテープの時代からCD、MDの時代に、さらにはデジタルメディアプレーヤーやPCで音楽を聴くようになり、今は音楽データをダウンロードすることもなくストリーミングで聴いている。音楽資源を保有することなく、いつでもどこでもアクセスして聴くようになっている。

 そのような経験からして、紙の本が無くなってしまうのではという危惧はほぼ確実に訪れる近未来と思える。たとえ無くなってしまわなくとも、紙の本は高価なものになってしまうのかもしれない。そうなって欲しくない未来である。しかしこんなことを言っている私はもう過去の人間なのだろう。

 

胡麻ドレ豆乳坦坦そうめん、ホップとミントのせポークカレー

2021/07/21

 本日の厨房男子。

【昼餉】

 中華風だし、胡麻ドレッシング、豆乳、ラー油を合わせた冷たいスープで食べる担々麺風そうめん。トッピングはトマト、茄子、茗荷、青じそ、桜えび。

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【夕餉】

 近所のNさんが栽培されたホップをいただいた。包丁で二つに割って、ビールに入れるとフレッシュな香りと苦みが加わってひと味ゴージャスになった。

 ビールのアテはポテトサラダ。

 〆は豚ヒレ肉のカレー。これにホップとミントをトッピングした。ミントは庭に蔓延っているものを摘んだ。

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7月20日の厨房男子

2021/07/20

【朝餉】

 ごはんはたこ飯。おかずはゴーヤーチャンプルー。汁はオクラと麩の味噌汁。漬物はご近所さんにいただいたきゅうりのキューちゃん

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【昼餉】

 三日月豆腐の冷や奴とカツオのたたきで「三岳」をやる。カツオのたたきのトッピングはジャンボニンニクと茗荷。

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【夕餉】

 レンコダイの煮付けと焼き茄子。酒は「兆久」をロックで。

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『子規の音』(森まゆみ:著/新潮文庫)

2021/07/19

『子規の音』(森まゆみ:著/新潮文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

松山から上京、東北旅行、日清戦争従軍、三陸津波、病床生活――
正岡子規の人生と明治の世相が見えてくるユニークな評伝。

【登場する人物】
夏目漱石 森鷗外 坪内逍遥 幸田露伴 高浜虚子 寒川鼠骨 内藤鳴雪 五百木飄亭 河東碧梧桐 新海非風 佐藤紅緑 柳原極堂 伊藤左千夫 陸羯南 秋山真之 浅井忠 中村不折 長塚節

鮮やかな薔薇の色と匂い、棘のしなやかな痛さ、しっとりした雨の匂いや降り続く雨音など、視覚、触覚、嗅覚、聴覚のすべてが動員されている。動くことのできない子規はそうした五感を極限まで鍛え上げた。(「はじめに」より)

三十五年という短い生涯ながら、明治期、俳句に短歌に果敢な革新運動をしたと評される正岡子規
彼が詠った詩句のなにげない情景は、いまなお読む者の五感を喚起する。
松山から上京、神田、本郷、上野、根岸と東京を転々としたのち、
東北旅行、日清戦争の取材を経て、
晩年の十年を病に苦しみつつ「根アカ」に過ごした全生涯を、
日常を描いた折々の句や歌とともにたどる正岡子規伝。

 

 

 

 子規の評伝については過去に小説で追いかけたことがある。伊集院静氏の小説『ノボさん』がそれだ。司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』を読んでも、それほど好きになれなかった子規の印象が『ノボさん』でずいぶん変わった記憶がある。

 本書は子規の生涯を今に残る様々な資料を森まゆみ氏が丹念にあたり、実際に足跡を辿るなどして時系列に整理したもの。特にその折々に子規が詠んだ和歌、俳句をふんだんに盛り込んで、もし私が子規に心酔する者であればさぞかしといった作品になっている。残念ながら私はそこまでではない。歌や句の素養も無い。それでも子規が、それこそ等身大で蘇るような記録に仕上がっており興味深く読んだ。

 興味深かったのは子規が喀血した後になお芭蕉の後を追いかけ東北へ長旅に出かけたこと、また日清戦争にも従軍したことだ。子規にとって心がさわぐことが第一であって、身体のことその他の身の回りのことは二の次なのだろう。三十路にあって未だ少年の心、すなわちあそびがある。未熟というのではない。価値観が違うのだろう。

 日清戦争従軍で体調が悪化し神戸須磨で療養の後、松山の漱石の下宿「愚陀仏庵」にころがりこんで好き放題するくだりが微笑ましい。下宿に子規の松山の友人弟子が毎日のように訪ねてきて句会をやる。昼になると好物の鰻を取り寄せてぴちゃぴちゃと音をさせて食う。松山を発つときには「君払って呉れ玉え」と言い、しかも十円かそこらを借りて澄ましている。その十円も帰りに奈良によって使い果たしてしまった。子規にとって漱石が心底心を許せる友であったことをうかがい知ることができるエピソードだ。

 このエピソードについては漱石の文があり、青空文庫で読むことが出来るのでリンクを張っておく。

www.aozora.gr.jp

 

 本書を読み終えた今、私の心はみちのくの路にある。今日はことさら暑い。子規が東北へ旅立った明治26年の夏も暑かったろうか。

  「みちのくへ涼みに行くや下駄はいて」

 コロナ禍で延び延びになっているみちのくへの旅に出てみようか。お盆を過ぎた頃が良いであろうか。私が行くならさしずめ自転車旅だ。

  「みちのくへ涼みに行くやペダルふみ」ってなところかな。

 

jhon-wells.hatenablog.com

7月16日の厨房男子

2021/07/16

 本日の厨房男子。考えてみれば食材のうち、胡瓜、若布、ゴーヤー、赤じその葉はご近所さんや知人からいただいたもの。ウチほどたくさんものをいただく家もないかもしれない。ありがたいことです。

 

【昼餉】

 小豆島は井上誠耕園の「さぬき細うどん」。香川県のうどん職人の手で打った細うどん。中には井上誠耕園で手摘みされたオリーブの葉が練り込んである。

 暑さ対策の食事も、薬味をたっぷり用意すると滋養のある食事に。用意した薬味は桜えび、錦糸卵、長芋短冊、長ネギ、胡瓜、若布。

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【夕餉】

 ご近所さんからもぎ立てのゴーヤーをいただいた。それと但馬産の木耳、ポールウインナー、卵を使って「ゴーヤーチャンプルー」。ご飯のお供は「赤じその葉と煮干しの佃煮」。今日の午後、つれ合いが知人から袋一杯の赤じその葉をもらってきて「赤じそジュース」を仕込んだ。煮出した後の葉がもったいないので佃煮にした。熱々ごはんのうえに載せると、なかなかうまい。

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本の会@米ギャラリー大手前

2021/07/15

 14:00~「本の会」に参加。上段左から、下段右から。

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