佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

軍鶏つくねの信田煮、湯豆腐、栗ごはん

2020/10/26

 本日の厨房男子。

 夕餉に「軍鶏つくねの信田煮」「湯豆腐」を作りました。〆御飯は栗ごはん。これはつれ合いが炊いてくれました。栗をくださったMさんに感謝。

 酒は「淡麗 魚沼 純米」。新潟らしいさらり滑らかな飲み口、あっさり淡麗。冷やで良し、燗にして良し。

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藤本豆腐店のうすあげをつかったジャンボ信田煮。豆腐はもめん。

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信田煮の中身は軍鶏つくね、人参、筍、木耳、椎茸。薄揚げが出汁を吸ってジュワーッとうまい。

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今日も枝豆。酒の肴によし。

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新潟らしくさっぱり淡い酒。それでも米のうま味を感じる。

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栗ごはん。この時季、一度は食べたいもの。

 

手作り栗入りどら焼き

2020/10/26

 本日の厨房男子。

 どら焼きを作ってみました。酒の肴はよく作りますが、菓子を作ることはめったにありません。しかし、つれ合いがたくさん作ってくれた栗の渋皮煮があるので、これをどら焼きに入れてみたらさぞおいしかろうと思ったのです。もちろん栗そのままでもおいしいのですが。

 なれないもので、菓子屋さんで売っているようなふっくら形の良いどら焼きにはなりませんでした。やはりネットで調べたレシピにあったようにホットケーキミックスやベーキングパウダーを使ったり、重曹を使ったりする必要があったのかもしれません。私は卵白を泡立ててふっくら感を出してみました。厚みは足りなかったものの、それなりにふっくらしっとりした皮になりました。味はGood!

 合わせた酒はウヰスキー。甘いものに合いますね。

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枝豆

2020/10/25

 枝豆が旬真っ盛りです。

 10月になってからつれ合いの里からもらい、すぐに食べきってもっと食べたいと思っていたら知人(Tさん、Sさん)が持ってきて下さり、それも食べきったら今日親戚がまた持ってきてくれた。本当に親切な人に囲まれて幸せもんです。

 いくら食べても食べ飽きることがない。これがあるとビールもウヰスキーも、酒も、焼酎もなんでもいける。

 枝豆を肴にウヰスキー・ジャック・ダニエルをグビグビやっていたら、つれ合いが私の好物を作ってくれた。鯵のフライ、南瓜のフライ、ポテトサラダ、好物をアテに酒がすすむ。考えてみれば、南瓜も男爵いももいただき物だ。ありがたや。

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『柳生刺客状(新装版)』(隆慶一郎:著/講談社文庫)

柳生刺客状(新装版)』(隆慶一郎:著/講談社文庫)を読みました。この新装版のカバー装画は卯月みゆき先生の手に成るもの。時代がかった渋さがカッコイイ。

 

 まずは出版社の紹介文を引きます。

関ヶ原の合戦徳川家康は死んでいた!影武者だった世良田二郎三郎が家康を演じるも、秘事を知った柳生宗矩は、対立する二代将軍秀忠にいち早く情報を伝える。代表作『影武者徳川家康』とは異なり、柳生と二郎三郎の暗闘を宗矩の視点で描いた外伝的作品の表題作ほか、最後の短編などを収録した傑作短編集。

 

新装版 柳生刺客状 (講談社文庫)

新装版 柳生刺客状 (講談社文庫)

  • 作者:隆 慶一郎
  • 発売日: 2014/01/15
  • メディア: 文庫
 

 

 

 久しぶりの隆慶一郎氏。

柳生刺客状」 「張りの吉原」 「狼の眼」 「銚子湊慕情」 「死出の雪」の五編が収められた短編集。そのうち「銚子湊慕情」は未完作で、壮大な長編作を構想した書き下ろし作品の冒頭の30枚だという。『死ぬことと見つけたり』を読んだときと同じく、もう続きを読むことが叶わない悔しくも切ない思いに身もだえました。  

jhon-wells.hatenablog.com

 

柳生刺客状」は関ヶ原の決戦前に徳川家康が暗殺され、影武者である世良田二郎三郎が家康になりすまし続けるという設定。そういえば隆氏の代表作『影武者徳川家康』を私は未だ読んでいないではないか。うかつであった。これは読まねばならぬな。

「張りの吉原」は隆氏の小説家デビュー作にして名作の『吉原御免状』の系譜を継ぐ作品。剣劇ものではなく なんとも艶っぽい話であった。濡れ場も決して下卑に流れることなく、剣戟なみに張り詰めた読み応えがある。

「狼の眼」 「死出の雪」は隆氏らしい剣豪ものの佳作。

 隆氏の小説は「男がほんとうの男であった時代、女がほんとうの女であった時代」の美学を見事に描く。そこには善人にせよ悪人にせよ、あるいは正か邪かにかかわらずカッコイイ「生きざま」があり「死にざま」がある。

 

『旅のつばくろ』(沢木耕太郎:著/新潮社)

『旅のつばくろ』(沢木耕太郎:著/新潮社)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

旅のバイブル『深夜特急』で世界を縦横無尽に歩いた沢木耕太郎。そのはじめての旅は16歳の時、行き先は東北だった。あの頃のようにもっと自由に、気ままに日本を歩いてみたい。この国を、この土地を、ただ歩きたいから歩いてみようか……。JR東日本の新幹線車内誌「トランヴェール」で好評を博した連載が遂に単行本化!

 

旅のつばくろ

旅のつばくろ

 

 

 

 月に一度の読書会「四金会」の今月の課題図書です。久しぶりの沢木耕太郎氏の本。若かった頃、『深夜特急』を読んだときのわくわく感は未だに覚えている。

 歳を重ねられさらに文章が洗練されてきた感がある。本書の中に駆け出しのライターだった頃に、編集者から「文章から無駄な形容詞を排除することを徹底的に叩き込まれた。どうしても必要なら、前のセンテンスで説明しろ、と」とあった。なるほどそういうことか。

 やはり沢木氏の旅物は良い。氏の旅のスタイルに憧れるからである。カッコイイ。

 

 

「季よせ さゝま」「trattoria piccola sicilia」「福田葡萄酒店Eau de Vie」コラボ食事会@「季よせ 鈴音」

2020/10/22

 興味深い食事会にお誘いいただきました。

 料理は”trattoria piccola sicilia”の山本シェフ、ワインは”EAU DE VIE” の福田氏、笹間氏がプロデュースという組合せ。場所は「季よせ さゝま」の姉妹店「季よせ 鈴音」。「鈴音」は普段は寿司屋として営業なさっているとのこと。初めて寄せていただきました。

 播磨食材を使ったシチリア料理とそれに合ったワインを専門家が選んでサーブしていただけるということで、日本酒党の私も存分に楽しめる食事会でした。こういうのをマリアージュと言うのでしょうか。よく知りませんけれど。

 素材の良さを最大限に引き出すことに心を砕いた料理、料理に負けない風味を持ちながら喧嘩しない酒、これは和洋中を問わずどんな食事にも共通しているものですね。

 料理と酒についての関心が最大限に増す刺激的な企画。もしまたやることがあれば、是非とも誘っていただきたいものです。

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『ハートブレイク・カフェ』(ビリー・レッツ:著/松本剛史:訳/文春文庫)

『ハートブレイク・カフェ』(ビリー・レッツ:著/松本剛史:訳/文春文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

 傷ついた心を抱えながら、毎日を精一杯生きている──ここはそんな人たちが集まるカフェ。
「ホンク&ホラー近日開店」。開店12周年なのにおかしな名を持つこのカフェには、傷ついた心を隠して毎日を精一杯生きている人たちが集まってくる。開店以来、車椅子を店の外に出したことのないオーナーもそのひとりだ。そこに今度はなんだか訳ありの女とヴェトナム人の男がやってきて―読めば必ず元気になれる癒し小説の傑作。
 

 

 

  一冊の本を読み終えて「次に何を読もうか」と考える時間が好きである。同じ作家を追いかけるか、テイストの似た本を選ぶか、ジャンルで選ぶか、作中に出て来た本を読むこともある。大概はさほど考えることなく、買い置きの積読本を並べた書棚を見渡し直感で選ぶことになる。本作は「カフェ」という言葉がタイトルにあることから選んだ。先週読んだ『虹の岬の喫茶店』(森沢明夫:著/幻冬舎文庫)の流れである。

 読み始めてちょっとした偶然に驚いた。『虹の岬の喫茶店』にも事故で足を一本なくした犬が登場したが、本作にもそうした犬が登場したのだ。そんなとき「私はこの本を読む運命にあったのかな」などと埒も無いことを考えてしまう。別に運命を信じているわけでもないのだが。

 さて、中身の話に移ろう。まずは主な登場人物から。ヴェトナム戦争から下半身不随で帰ってきてカフェの主人をしているケイニー。夫に先立たれ、一人娘が家出してしまって一人暮らしのモリー・O。彼女はこのカフェで働いている。そんなカフェにある年のクリスマス・イブにインディアンの娘ヴィーナが訪れる。彼女は放浪の旅の途中だが、足に大けがをした犬を抱えており、このカフェのカーホップとして勝手に(?)働き始める。さらにたまたまカフェにたくさんの客がありてんやわんやの忙しさの中、アメリカに移住してきたばかりで全く英語を話せないヴェトナム人ブーイが半ば強引に厨房で働き始める。その店に来る客もそれぞれに様々な事情を抱えている。ヴィーナとブーイが働き始めてから、片田舎にある十年一日のごとく寂れたカフェであった”ホンク&ホラー近日開店”に少しずつ変化が現れ始める。

 活気がなく、客も毎日ほとんど顔ぶれが変わらない、その客が来る時間も注文するメニューもほぼ同じ、それはそのカフェをかたち作る秩序だ。ケイニーもモリー・Oも、このカフェに集う客たちも皆が現状に決して満足しているわけではない。しかし満足できないからと言って、それを変えようともしない。人生は思うようにはいかないことを骨身にしみて知っているから。そしてそれを変えようとして出来なかったとき心が傷つくことを知っているからだ。傷つくのは嫌だ。あきらめというかたちの安住の方が良い。そういうことだろう。

 店の者と客たちのそんな秩序の中にヴィーナとブーイが紛れ込むことによって店の中にさざ波が立つ。まるで鏡のように静だった水面に小石が投げ込まれたように。その波紋は最初は小さなものだったが、やがて周囲に広がっていく。そんな心の変化が見事に描かれたのがこの物語だ。

 人生にはその時その時に様々な選択肢がある。そしてその選択の先にさらに様々な選択肢があり、さらに選択の先に選択肢が・・・、そんなふうにひとつの選択を繰り返した結果が現在である。歳を積み重ねた者の人生はその結果だ。年かさの者はその経験から若者にこうした方が良い、こうすべきだと忠告する。若者の危うい選択を叱責もする。しかし若者はそうした年かさの者の言うことを聞かない。年かさの者の今がその者の選択の結果なら、そんなクソみたいな人生を歩む気になれないからだ。自分にはもっと刺激的で栄光に満ちた人生があるかもしれないと考えるのも無理からぬことだ。

 しかし人生はそう甘くもない。自分の才能を信じ、夢を持ち選んだ道が迷路のようになったり、どんどん先細って行き止まりになることもある。そうして人はいつしかそんなはずじゃなかった人生を歩んでしまっている。

 それでも人は生きていかなければならない。悩み、苦しみ、悲しみながらも、たとえささやかでも何らかの願いを持って生きていくのだ。時にはそんなささやかな願いさえも打ち砕こうとする邪な輩が現れる。人のことなどどうでも良い、自分の欲望しか頭にないクズどもだ。幸せとは何だろうか。人が嘆き悲しむ姿をせせら笑って、自分の欲望を満たせは幸せは手に入るのだろうか。また不幸とは何だろうか。そうありたいと願ったことがそのとおり叶わなければ不幸なのだろうか。すべてが思いどおりになる人などいない。ではこの世に幸せな人は一人もいないのだろうか。幸せのかたちはひとつではない。幸せの感じ方、感じるときは人それぞれだ。私はクリスチャンではないが「人はパンのみにて生くるにあらず」だ。どんなに生活が窮乏していても、孤独であっても、障碍を得ても、人は心の中にそうあって欲しい未来を描くことが出来る。それは自分の未来じゃなく、子どもや大切に思う周りの人のものかもしれない。その未来に一筋の光と温もりを見いだすことが出来たならば、人はそれを生きる糧とすることができる。よく人生は航海に例えられる。逆境にあっても一筋の光と温もりを求めてひたむきに生きていれば、船はいつか行き着くところに行く。人生は捨てたもんじゃない。

 ビリー・レッツの小説を読むのはこれが初めてである。”ビリー”というから男性かと思っていたが、女性であった。50歳を超えてから小説を書いた遅咲きの作家らしい。彼女の処女作『ビート・オブ・ハート』も文春文庫から発刊されている。訳者も同じ松本剛史氏である。近いうちに読んでみようと思う。いやそれより前に松本剛史氏の訳した小説が本棚にあるではないか。『ウォッチャーズ』(ディーン・R・クーンツ:著/文春文庫)である。読みたいと思って買い置いてからもう永くなる。クーンツをしばらく読んでいない。『ライトニング』を読んだのは2年前。こちらを先に読むべきか。ちょっと迷うが、こうして迷うのがまた楽しい。ほとんど病気である。