佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

イノセント・ゲリラの祝祭

 

「僕をテロリストだのゲリラだのと誹るのは無駄です。僕は個人的な存在ではなく、医師の代弁者なのですから。日野先生は法律家として、医師全体をののしることになる。そうであるなら、せめて正当な形容詞をつけてほしいですね。そうだなあ、もしもわれわれ医師につける形容詞ならば ”イノセント” なんてどうかな。遵法精神から導き出した結論が国家を破壊するというのであれば、その国家のかたちこそが違法なのでしょうし、それに闘いを挑む医師たちがもしも現れるのなら、彼らにはまさしく ”イノセント・ゲリラ” という呼び名こそがふさわしい」

                        (下巻 197P)

 

イノセント・ゲリラの祝祭(上・下)』(海堂尊/著・宝島社文庫)を読みました。

待ちに待ったバチスタ・シリーズ文庫版最新刊です。といっても今年1月22日に発刊され、積読本となって3ヶ月ちかく経ってしまいましたが…

amazonの商品説明を引きます。

『このミス』大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』が、300万部を記録。
瞬く間にシリーズ累計780万部を突破し、人気シリーズとなった田口・白鳥コンビ最新作の文庫版が登場!

【上巻】『このミステリーがすごい! 2008年版』に掲載された短編「東京都二十三区内外殺人事件」をプラスした全面改稿版。
医療行政の本丸・厚生労働省で行なわれた会議に、不定愁訴外来担当の田口を招聘した厚労省の変人役人・白鳥。迷コンビ、田口・白鳥が霞ヶ関に乗り込み大暴れ!?
現代医療のさまざまな問題点を鋭く描きだすエンターテインメント。

【下巻】不定愁訴外来担当の田口と、厚生労働省の変人役人・白鳥が乗り込んだ、厚労省の「医療事故調査委員会」。官僚、医師、法医学者、弁護士、被害者の会など、さまざまな思惑がからみ、グダグダなこの会議を見守るふたり。さらに医療界に革命を起こそうと暗躍する男の登場で、議論は一気に加熱する!
田口・白鳥シリーズの、新たなる展開に注目!

確かにこの国の医療現場は様々な問題を抱え込んでいるようだ。いや問題を抱えているのは医療のみではない。政治、行政、司法、教育、福祉、交通、環境……問題は次々と顕在化し何とかしなければという声は聞こえても、答えは見えない。この閉塞感は何なのか。そもそも世の中にあるあらゆる問題は、その解決において「全てが丸く収まる」ということなど無いのだ。「一人でも泣いている者がないように」などという、どこかの政党が言いそうなことを平然と言い切るヤツは詐欺師か何も考えていないバカかどちらかだ。

海道氏はバチスタ・シリーズを通じて医療にまつわる制度の問題点をえぐっていく。氏の「エーアイ」に対する思い入れはそうとう深い。単に小説のための材料ではなさそうだ。

医療は人を扱う。人の心と躰。人の心も躰も、人間が扱うにはあまりにも精緻で危うい存在である。その”精緻で危うい存在”が壊れた(あるいは壊れかけた)ときに医療が施される。それが極めて困難な症例であっても治療に失敗すれば訴えられる危険性があるとすれば医者はどうすれば良いのか。医学の知るところは極めて少なく、人はあまりにも無力である。しかし、そのような頼りない医術であっても、そこに医術を必要とする患者がいて、医術を施せばその患者を救う可能性があるとすれば医者は医術を施す。なぜなら、それが使命であり誠意ある対応だから。

この国の住民はいつの頃からか問題を誰かのせいにし、自分が不利益を被った、被害を受けたと声高に呼ばわるようになった。国に、行政に、企業に、人に、ああしてほしい、こうしてほしい、もっとよこせとおねだりばかり。不都合なことがあれば自分たちで何とかしようとせず、他者になんとかせよと言う。人に敬意を払わず、非難するばかり。リーダーも大衆に迎合するばかりで、厳しいことを求めない。それで「お全てが丸く収まる」はずもないのに。それでも使命感を持って、人から非難される危険も顧みず行動する人はいるのだ。人に対してあえて厳しいことを(それが正しいことだから)言う人もいる。

この国の住民はいつから医者に敬意を払わなくなったのか。ベストを尽くしても治療に失敗すれば医療事故として訴えられる危険性が高まっている昨今、お医者さんもやってられませんねぇ。少しは敬いましょうよ、感謝しましょうよ。そりゃあ、中にはろくでもない医者もいるでしょうが、大抵のお医者さんは使命感と誠意を持って患者に向かい合っていらっしゃるのだから……

とまあ、『イノセント・ゲリラの祝祭』を読みながら、このようなことを考えた次第。

でも、このシリーズは小難しく考えずに楽しんで読みましょう。(昼行灯)田口公平と(火喰い鶏)白鳥圭輔のコンビは絶妙。極上のエンターテイメントです。また、シリーズもの故、順番に読んだほうが物語り世界を充分に楽しめる。シリーズ第一弾『チーム・バチスタの栄光』、第二弾『ナイチンゲールの沈黙』、第三弾『ジェネラル・ルージュの凱旋』、そして本書と順番に読まれることをお薦めします。

 

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