佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

影をなくした男

「ほんのしばらくのあいだでしたが先ほどご同席させていただいていたとき、実は――思いきって申し上げるのですが――それはそれは美しいあなたの影にうっとりと見惚れていたのでございますよ。ところがあなたときたら足もとのご自分の影にはとんと無頓着なふうで、ちっとも目をやろうとはなさいませんでしたがね。はなはだ厚かましいお願いで恐縮ですが、いかがでしょう、あなたのその影をおゆずりいただくわけになまいらないものでしょうか」

                                          (本書P17より)

 

 

『影をなくした男』(シャミッソー・作/池内紀・訳、岩波文庫 赤417-1)を読みました。

欲しいだけ金貨が出てくる「幸運の金袋」と引き替えに自分の影を売り渡してしまった男の苦悩をおとぎ話風に描いた本です。世間が異質な者にどれほど冷淡で残酷か、誰一人同じ境遇の者がいないという孤独がどれほど絶望的なことなのかを考えさせられます。人は使い切れないほどの金を得ても、世界中を一瞬で移動できる能力を獲得しても、誰一人として仲間がいないという孤独を埋め合わせることは出来ないということでしょう。