佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

ヤマダチの砦

 これは武芸者の心得の一つによく言われる、平常心とは違うと新三郎は思った。

 平常心は「心」の字がつくように、それ自体が一つの感情であり、心のありようであるはずだ。

 一切の感情を排したところに、感情が残っている訳がない。

 無心。

 無心となることで、魁は兵器そのものと化す。兵器に感情はなく、殺すだけだ。

 ――その兵器を操る者がいるとすれば、武神、か。

                                        (本書P254より)

『ヤマダチの砦』(中谷航太郎・著/新潮文庫)を読みました。

 

 

裏表紙の紹介文を引きます。


 

飛騨の小大名・山谷藩江戸家老の三男・苗場新三郎。育ちはよく背が高く逞しい肉体、そして端正な風貌なれど、品性下劣な戯け。ある日、父に使いを頼まれ、京へ出立した。箱根の峠を過ぎた時、ヤマダチ(山賊)一味に取り囲まれるが、その窮地を救ったのは屈強な若者。彼は山から山へと渡り歩く民だった。そして山賊の襲撃にはある陰謀が…。圧倒的な迫力で描く、書下ろし時代活劇。


 人がハッとするほどの美男子の主人公・新三郎。女の尻ばかり追いかけてきた。そんな新三郎が初めて江戸を離れ旅に出たとき、真の友といえる漢(おとこ)に出会った。名を魁という。命を賭けた戦いの中で新三郎は目が覚め、真の漢になりたいと思うようになる。そして新三郎に心から大切に思い守るべき者ができたとき、新三郎の心は澄み切っていた。それまでの恐怖は全く消え去り、体に力がみなぎった。才能に恵まれながら、放蕩と自堕落に耽るばかりで我が身を立てようとしたこともない男が、ある事件をきっかけに真の漢に成長していく姿を描いた痛快作でした。

 中谷航太郎氏の小説を読むのは初めてです。それもそのはず、この小説が中谷氏の小説デビューらしい。どうやら中谷氏は写真家で、写真集と『大江戸橋ものがたり』というエッセイが発刊されているようだ。ウィキペディアにも未だ未掲載。情報がほとんど無い。時代物としては和田竜をおもわせるライト感覚。キャラが立っていて物語の面白さで読者をグイグイ惹きつけるタイプの作家だ。深さはないが、私はこの種の楽しめる小説が大好きだ。今後、注目したい。次作がでれば是非読みたい。