佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『熱源』(川越宗一:著/文春文庫)

2024/02/14

『熱源』(川越宗一:著/文春文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

 樺太(サハリン)で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフ。開拓使たちに故郷を奪われ、集団移住を強いられたのち、天然痘コレラの流行で妻や多くの友人たちを亡くした彼は、やがて山辺安之助と名前を変え、ふたたび樺太に戻ることを志す。一方、ブロニスワフ・ピウスツキは、リトアニアに生まれた。ロシアの強烈な同化政策により母語であるポーランド語を話すことも許されなかった彼は、皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、苦役囚として樺太に送られる。日本人にされそうになったアイヌと、ロシア人にされそうになったポーランド人。文明を押し付けられ、それによってアイデンティティを揺るがされた経験を持つ二人が、樺太で出会い、自らが守り継ぎたいものの正体に辿り着く。樺太の厳しい風土やアイヌの風俗が鮮やかに描き出され、国家や民族、思想を超え、人と人が共に生きる姿が示される。金田一京助がその半生を「あいぬ物語」としてまとめた山辺安之助の生涯を軸に描かれた、読者の心に「熱」を残さずにはおかない書き下ろし歴史大作。直木賞受賞作。

 

 

 初めて川越宗一を読んだ。読書仲間から推薦があり貸していただいたもの。

 時は帝国主義時代。列強は勢力圏拡大に力を注ぐ。樺太で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフ。リトアニアに生まれたブロニスワフ・ピウスツキ。未開の民として日本人(和人)への同化を求められたアイヌと母国語を話すことを禁じられロシアへの同化を強制されたポーランド人である。時代は二人に民族のアイデンティティを捨てることを求めるが、二人はそれに抗う。明治から昭和にかけて、屯田兵制度、千島・樺太交換条約日清戦争日露戦争第一次世界大戦ロシア革命第二次世界大戦と激動の時代をたくましく生き抜いた二人に焦点を当てた壮大な歴史小説でした。

 国家の力によって領土、政治体制、制度、文化、その他あらゆるものが変えられていった時代にあって、小国、少数民族はその大きな波に飲み込まれるしかないのか。古来から大切に守り続けてきた生活様式が文明の名において消されようとしている。たとえそこに確かな幸せがあったとしても変わらなければなければならないとすれば、それは何ゆえなのか。強者の文明、多数の価値観が正義だなどと誰が決められよう。そうした疑問を読者に突きつけてくる問題作でもあります。

 歴史をバックボーンにしっかりした骨格を持ち、読者の心に強い問いかけを突きつける。なるほど直木賞受賞作にふさわしい小説と感じた。

 ただ、私がヤヨマネクフあるいはブロニスワフ・ピウスツキに感情移入したかと言えばさにあらず。些か冷めた目で読んだ。

 読んでいて私がいちばんウケたのはヤヨマネクフ(山辺安之助)が南極探検隊に入隊し、金田一京助の家を訪ねた場面。ヤヨマネクフが金田一に「暮らし、苦しいのか」と尋ねると、友人(石川啄木)の面倒を見ていて妻に苦労をかけていることを愚痴ったところです。収入は啄木のほうが遙かに多いのに身持ちが悪いためにたびたび金を無心に来るという。「ワレナキヌレテ、カニトタワムルなんて詠まれても、こっちが泣きたいくらいで」という科白に膝を打った。啄木については学校で「はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢつと手を見る」などと労働階級の悲哀を見事に表現したと習い、素晴らしい歌人と思いこんでいたのだが、実は全く違ったらしいと知ったのは私が年をとってからのこと。その時はまことにガッカリしました。仕事も転々、家庭は放置、借金しまくった上に踏み倒し、そのお金で女遊びをするという放蕩ぶり。知れば知るほど自己中のクソ野郎で私がいちばん嫌いなタイプであります。本書にエピソードが書かれたように、もっと啄木の実像を世に知らしめていただきたいものです。