佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『神さまの貨物』(ジャン=クロード・グランベール:著/河野万里子:訳/ポプラ社)

2024/02/14

『神さまの貨物』(ジャン=クロード・グランベール:著/河野万里子:訳/ポプラ社)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

大きな暗い森に貧しい木こりの夫婦が住んでいた。きょうの食べ物にも困るような暮らしだったが、おかみさんは「子どもを授けてください」と祈り続ける。そんなある日、森を走りぬける貨物列車の小窓があき、雪のうえに赤ちゃんが投げられた―。明日の見えない世界で、託された命を守ろうとする大人たち。こんなとき、どうする?この子を守るには、どうする?それぞれが下す人生の決断は読む者の心を激しく揺さぶらずにおかない。モリエール賞作家が書いたこの物語は、人間への信頼を呼び覚ます「小さな本」として、フランスから世界へ広まり、温かな灯をともし続けている。

 

 

 本書は尼崎の書店、小林書店で買いもとめたもの。小林書店は町中のちいさな書店で、そうした書店のご多分に漏れず経営は厳しいと聞く。しかし経営者ご夫婦の思いの深さ、ひたむきな努力と、店の良さを知るファンに支えられて今も営業しているまれな書店だ。訪れたのが2022年12月2日のことだったので、もう1年以上本棚にあったことになる。その時その時で読みたい本を手に取っていくうち一年以上経ってしまったわけだ。読みたくて買い置いた本は今もどんどん増え続けている。なのに時間は限られている。困ったことだ。できるだけ長生きして、一冊一冊読んでいくしかない。しかし考えてみると、本を読むことにそれほどの時間をかけることができるのはなかなか出来ない贅沢だと思う。ありがたいことです。

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 語り口は童話のようなかたちをとっています。しかし中身は夢物語ではなく、第二次世界大戦でのユダヤ人に対するジェノサイド、つまり歴史的事実が物語の基盤になっています。ドイツに占領された国に貧しい木こり夫婦が住んでいます。木こりは厳しい寒さと飢えに苦しむうえに毎日強制労働にかり出され、へとへとです。おかみさんは日々の糧をなんとか得ようと毎日森をくまなく歩いて、食べものを探し、夫が労働に出る前にしかけた罠を見てまわり、薪をひろい集める毎日です。そうした厳しい毎日の中でもおかみさんは子どもを授けてほしいと祈り続けていた。戦争が続く中で森の中に線路が敷かれ列車が走るようになる。おかみさんは列車を見るのは生まれて初めてで、やがて列車に夢を見るようになる。何の希望も見いだせない毎日の中で、その列車はおかみさんには希望に思えたのだ。しかしおかみさんには決して分からなかったことだが、実はその列車は捕らえたユダヤ人を運ぶ列車だったのだ。やがておかみさんは思いきって列車に近づいていくようになった。毎日毎日、走り過ぎる列車に手を振り、大声で叫び、追いかけるようになった。そんなある日、雪の中を走り抜ける列車を追いかけるおかみさんに列車の小窓から包みが投げ出された。包みを開いてみると、なんと中には赤ん坊の女の子がいた。おかみさんがあれほど乞い願っていたものが、おかみさんの夢だったものがそこにあった。物語はそんなふうに始まります。おかみさんは食うや食わずの中で、女の子を必死に育てようとします。はじめは「神殺しの子だ」「見つかったら死刑だ」と反対していた夫も、やがてその子を心から愛するようになります。貧しく苦しい日々の中でも、愛する子どもを育てることが幸せでした。しかし幸せはいつまでも続いてはくれません。そんなお話です。

 感動的でもあり、あたたかさに満ちた物語です。しかし同時に、どうにも救いようのない人間の行いを描いた物語でもあります。実際に私はどうしても救われた気になれずにいます。いまもずっと引きずってしまっています。人間はなんと愚かで、罪深く、残虐な生きものなのだろう。そして自分もまたそんな人間のひとりなのだというやるせなさ。この物語は決して過去のものではない。今も過酷な現実は世界のあちこちにある。今、まさにこの時もウクライナで、新疆ウイグル自治区で、パレスチナでジェノサイドが行われている。人の愛を、人のあたたかさを能天気に信じられたらどれほど幸せだろう。主義も、宗教も、正義も、人を幸せにしたためしがない。いつか人が皆幸せに暮らす世の中が来るのかどうかは分からない。ちいさな戦いを、自分にできる戦いを続けるしかないのか。