佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『赤目四十八瀧心中未遂』(車谷長吉:著/文春文庫)を読む

赤目四十八瀧心中未遂』(車谷長吉:著/文春文庫)を読み終えた。第119回(1998年上半期)直木賞を受賞した氏の代表作だ。

赤目四十八瀧心中未遂

赤目四十八瀧心中未遂

重い。読んでいて辛い。というより痛い。生理的嫌悪感があるといっても良いぐらいである。


私の読書は、どちらかといえば楽しんで読むことを目的としている。物語をエンターテイメントとして楽しむ。ミステリをよく読むのもこうした理由からだ。

しかし、車谷長吉の小説には娯楽の要素がない。読み手に人間の内側に狂気を仮借なく突きつける。こうした小説を読んでいると小説世界だけでなく、実際の生活の気分にまで変調を来す。鬱々としてくるのだ。読むのを止めようかとも考えたが止められないのである。それほどの切実な緊張感がこの小説にはある。怖くて、心が見るのを嫌がっているのに、覗いて見ずにはいられない経験は誰しもあるだろう。この小説を読み始めたら最後、止めたいのに止められないのはそれに似ている。文体も独特だ。「併し」を多用する。播州の言葉をそのまま使っている。私のように播州に生まれ育った者にとって、主人公・生島がしゃべる播州の言葉はストレートにその心情を伝えてくる。微細な心のひだが見える。

今の時代に、こうしたどうしようもなく鬱屈した己を書く小説家はおそらく出てこないのではないか。仮に出てきたとしても、世間に受け入れられないのではないか。

「ある時、己を鏡に写したら、髪の毛も皮膚もない、筋肉と血管と神経がむき出しになった顔が写っていた」そんな怖さがこの小説にはある。それを表現できるのは車谷長吉氏しかいないだろう。


♪本日の一曲♪

Evanescence  -  My Immortal