佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

鼠-鈴木商店焼討ち事件

 字も読めず、行商しながら子供を育て、ただただ馬車馬のように働いた母親であった。高齢になってからも、働くことしか知らなかった。白内障のため、ほとんど眼が見えなくなっているのに、麻を紡いで糸をとり、手探りで蚊帳を編み続けた。寝つくまでその仕事を止めなかった。

 直吉は、意識もないタミの寝床に坐り、その死を見守った。蚊帳といえば、子供のころ直吉は、夜中にいきなりタミに起こされたことがある。雨が漏り、ボロ蚊帳を濡らしていた。

「これは御先祖が貧乏人をいじめた因果だ」

 きょとんとしている直吉に、タミはそんな風に言い聞かせた。宗教に帰依していたわけではないが、タミには妙にそうしたところがあった。

 直吉が小学校へやられなかったのも、

「借金をしていて子供を学校へやっては、世間さまに申し訳ない」

 というタミの考えのためであった__。

                       (本書P210-P211より)

 

『鼠-鈴木商店焼討ち事件』(城山三郎・著/文春文庫)を読みました。

まずは出版社の紹介文を引きます。


大正年間、大財閥と並び称された鈴木商店は、米価急騰の黒幕とされ米騒動の焼打ちにあった。だが本当に鈴木は買占めを行ったのか? 丁寧な取材を経て浮かび上がる、一代で成長を遂げつつも、近代的ビジネスとの間で揺れながら世界恐慌の荒波に消えた企業の姿。そして大番頭・金子直吉の生涯。城山文学の最高傑作。解説・澤地久枝


 

 

容姿端麗、頭脳明晰、高学歴、行いにそつなく、隙がない、女性にもてる、そんな男がいたとする。人間として斯くありたいとする一つの典型だろう。逆に頭脳は明晰なれど、小学校すら出ていない、容姿醜貌(はっきり言って醜男)、風采揚がらず、しかし仕事の上では才気煥発、常人には及びもつかない独特の発想を持ち、自分の信ずる道を盲目滅法まっしぐらに突き進む、そんな男がいたとする。どちらが人として魅力的か。私が友に選ぶとすれば迷わず後者だ。金子直吉、スゴイ人物が神戸の経済界に、いや、世界の経済界にいたものだ。それにしても大阪朝日新聞社会主義者どもの唾棄すべき所行・・・恥を知るべきだろう。