ウェルズの日記

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『青春夜明け前 / 重松清(著)』(講談社文庫)を読む

妻よ、
娘たちよ、
そして  あの頃  好きだった  カノジョたちよ。

これが男子だ!

青春シコシコ7連発! \文庫オリジナル/
みーんな悩んで
(アソコが)大きくなった

青春夜明け前 (講談社文庫)

青春夜明け前 (講談社文庫)


重松清氏の短編小説集『青春夜明け前』を読みました。今月12日に発刊された重松氏の文庫最新刊です。

上記は文庫本の帯にあるキャッチフレーズです。いささか下品ですがこの本のキャッチフレーズとしてはぴったりなのです。読んでみればわかります。

10代の男を男子、20代以降の男を男性と呼ぶとすると、男子はセックスのことしか考えていません。特に10代後半はそうです。毎日したいしたいと思いながらも、いきなりそんな機会が訪れるなどと云う奇跡が起こるはずもなく、また幸運にもそのような機会に恵まれたとしても突き進む勇気があるかどうかも怪しく、第一、ちゃんとできるかどうか・・・ディテールが判らないだけに、気合いだけで突っ走るととんでもない恥をかいてしまうのではないか・・・といった不安を持ちながら悶々と過ごす日々。頭の中はそんな状態なのだが、そんなことを絶対に女子に悟られてはならず、然る故にフォークダンスで女子と手をつなぐことはおろか女子と話すことすらできずにいる。男子の中にはそんな葛藤をもろともせず、爽やかに女子と話し、あろうことかデートまでしてしまうたらし(たらしとは女性を言葉巧みに誘惑して弄び、とっかえひっかえ次々に別の女性と付き合うボケのこと)がいる。心ある男子はそのようなたらしの毒牙にかかろうとしている女子を「どげんかせんといかん」とヤキモキしながらも、現実は如何ともしがたく、世の不条理に激しく怒り且つ嘆く毎日を過ごしている。第一、女子は心ある男子よりも、爽やかな笑顔で「君、可愛いね」などと優しくささやいてくれるたらしの方が好きなのだ。そのようなことだから、男子は「自分は絶対にたらしにはならん」と硬派を気どりつつ、本当はたらしになりたくて仕方がないのである。それが証拠に、ある日下駄箱に匿名の女子からの手紙を発見したその瞬間からさっさと宗旨を180度転換し「いままでの俺は世の中を知らん子供だったんじゃのう」などと曰ってしまう。この本は、その辺りの怪しくも切ない男子の生態を7編の短編に仕立てて読ませてくれる。重松氏はデビュー間もない時期に15才の男子を主人公にした「かっぽん屋」という短編を書いているが、この危うい時期(まさに青春夜明け前)の少年の怪しくも微笑ましい心情を描くのが抜群に巧い。
とにかく笑えます。あのころ持っていた不思議な感覚を思い起こさせます。少し泣けます。良い本です。読めば判ります。
敢えて「女子」と「女性」にこそ読んで欲しい本です。


裏表紙の紹介文を引いておきます。

10代、男子。愛おしくおバカな季節。何かというとボッキしてばかりいたあの頃の僕たちは、勘違い全開のエロ話と「同盟」「条約」「宣戦布告」という言葉が好きだった。そして何より「親友」という言葉が大好きだった。男子の、男子による、男子のための(女子も歓迎!)、きらめく7編の物語。

重松氏の短編集「かっぽん屋」については、以前こちらに書いています。よろしければ覗いてみて下さい。

http://d.hatena.ne.jp/Jhon_Wells/20070825#1188060448