一月ほど前、私は魚町の「主水」という店のカウンターで旨い酒を飲んでいた。隣には二五年来の酒飲み仲間が座っていた。店の雰囲気から、ふと昔視たテレビ番組を思い出し友人に話した。
「以前サンテレビの番組で、中年のオッサンが全国各地を訪れ、その土地の居酒屋、バーを三軒ほど飲み歩く。そのオッサンは旨い肴をつまみながら、実に美味そうに酒を飲む。ただただ、それだけの番組なのだが、実にうらやましい」
それを聴いた友人は即座に答えた。「それは太田和彦やなぁ。本を持ってるで。今度貸したるわ」
友人は翌日四冊の文庫本を届けてくれた。これが今回読んだ「ニッポン居酒屋放浪記」との出会いである。まずは「立志編」である。このオッサンは大阪→松本→静岡→松山→房総→新潟→京都→秋田→鳥取→青森→小倉→釧路→広島→金沢と全国各地で地物の肴と地酒を飲みまくるのである。世の中にこんな羨ましい奴がいたとは。もちろん四国松山では私が理想とするバー「露口」も訪れている。
酒を飲まない人には何が良いのかわからないだろうが、酒飲みを自称する人には間違いなくおもしろい本である。
作中に居酒屋を彷徨うのんべえの気持ちを的確に表現している記述がある。以下、氏の記述を引用する。
−−− 男には孤独願望、漂泊願望、もっといえば零落願望があるのではないだろうか。栄達や幸福を自ら遠ざける気持ち。女性には判らないかもしれない。わずらわしい世間や人間関係から逃れ、自分の名も肩書きも一切捨て知らない町へ身をひそめる。人間嫌いで山へ登るのとは少し違う。あくまで市井に、人の中に在って孤独なのである。淋しいが、その淋しさがいいのだ。その時男は何をするか。それは居酒屋で酒を飲むのが一番ふさわしい。相手はいらない。何も考えない。ただこの境遇を味わっている。−−−
そのとおりっ!!!!
太田和彦氏に拍手。パチパチ!
- 作者:太田 和彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2000/11
- メディア: 文庫