2011/6/1
「おとうさん」
加奈子はお雛さまの帯あたりを指で撫でながら言った。
「なんだ?」
「傷、つけなくてもいいよね? かわいそうだもん、こんなにきれいなのに」
「ああ……かまわない」
「流しても、いじめ、止まんないよ? そんなに現実、甘くないもん」
ゲンジツを、やわらかい響で言えるようになった。それでいい。
(本書P202 「セッちゃん」より)
第124回(2000年)の直木賞受賞作です。重松氏による後記にはよると、ビタミンは現在15種類ほど知られているが「ビタミンF」というのは無いらしい。(必須脂肪酸をビタミンFと称することもあるらしいが、通常はビタミンに含めない) 重松氏はひとの心にビタミンのようにはたらく小説をという思いで7つの短編を紡いだという。 Family、 Father、 Friend、 Fight、 Fragile、 Fortune といったキーワードが物語に埋め込まれている。
裏表紙の紹介文を引きます。
38歳、いつの間にか「昔」や「若い頃」といった言葉に抵抗感がなくなった。40歳、中学一年生の息子としっくりいかない。妻の入院中、どう過ごせばいいのやら。36歳、「離婚してもいいけど」、妻が最近そう呟いた……。一時の輝きを失い、人生の“中途半端”な時期に差し掛かった人たちに贈るエール。「また、がんばってみるか――」、心の内で、こっそり呟きたくなる短編七編。直木賞受賞作。
職場では責任を背負い、様々な問題解決を迫られる働き盛りの男。家庭では必要とされているのか、されていないのか解らない微妙な年代。家庭内では順風ならば顧みられることはない希薄な存在が、なにかトラブルがあると一家の大黒柱、父親としての役割が否応なしにプレッシャーとしてのしかかる存在。そんな「おとうさん」の心に効く「ビタミンF」。重松氏の描く家族は切なくも温かい。いろいろあるけれど家族ってイイなあと思える小説です。