佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

殺人にうってつけの日

『殺人にうってつけの日』(ブライアン・フリーマントル/著・新潮文庫)を読みました。久しぶりのフリーマントルです。堪能しました。

 


まずは裏表紙の紹介文を引きます。


協力者の元KGBスパイに裏切られ、妻まで奪われた末に逮捕。元CIA工作員メイソンは、獄中で15年ものあいだ、彼らに対して鉄壁の復讐計画を練り続けていた。ハッキング技術の習得、肉体の鍛錬、周倒な下準備。あらゆる手段を駆使して元妻の幸福な家庭に迫る復讐者が、照準を合わせた意外な人物とは。情報のプロ同士が繰り広げるすさまじい頭脳戦、巨匠による最高峰サスペンス。



これは困った本です。読者が感情移入できる登場人物、いわゆる善玉がいないのです。主人公は元CIAエージェントのメイソン。この男は祖国を裏切り、敵国の情報機関KGBに情報を売り飛ばしていた。金と快楽のために国を売ろうと人を踏みつけにしようと平気な悪党である。そんな主人公が密通していたソーベリという名のKGBのエージェントに裏切られる。つまり、メイソンの妻(メイソンはこの妻に虐待を繰り返していたのだが)と恋仲になり、そのうえメイソンがKGBに密通していたという事も含め東側の情報をアメリカに引き渡す見返りとして亡命を果たし、メイソンの妻と結婚の上、別の名前と経歴を手に入れ身を隠すのだ。そういった事情で主人公メイソンには復讐すべき理由が充分すぎるほどある。あるにはあるのだが、メイソンの悪党ぶりに読者としてはとても感情移入できるものではない。いっぽう、復讐される危険にさらされるソーベリもまた祖国を売るような野郎だし、自分の協力者たるメイソンから妻を奪ったあげく、敵国との密通の事実を暴露するような、これまたクソ野郎なのだ。それでは、メイソンの元妻はどうかというと、確かに夫から虐待を受け続けていた不幸な身の上とはいえ、敵国のスパイといっしょになるってのもなんだかなぁという感じである。と、まあそんな事情で読者はこの小説にリスペクトできる登場人物を見つけることができない訳で、通常このような場合、とても小説を楽しむことはできないと思うのであります。しかし、しかしながら読み始めたが最後、因縁のスパイ同士が追う側、追われる側として繰り広げる緊迫した心理戦から目が離せなくなり、一気読みしてしまうのです。このあたりにフリーマントルの実力を見せつけられた思いが致しますです。すごいと云わざるを得ませんです。まいりました。へへー(平身低頭)恐れ入谷のフリーマントル様~~~ってなもんです。