佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『水神 上・下』(帚木蓬生:著/新潮文庫)

2021/03/20

『水神 上・下』(帚木蓬生:著/新潮文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

(上) 目の前を悠然と流れる筑後川。だが台地に住む百姓にその恵みは届かず、人力で愚直に汲み続けるしかない。助左衛門は歳月をかけて地形を足で確かめながら、この大河を堰止め、稲田の渇水に苦しむ村に水を分配する大工事を構想した。その案に、類似した事情を抱える四ヵ村の庄屋たちも同心する。彼ら五庄屋の悲願は、久留米藩と周囲の村々に容れられるのか。新田次郎文学賞受賞作。

 

水神(上) (新潮文庫)

水神(上) (新潮文庫)

  • 作者:帚木 蓬生
  • 発売日: 2012/05/28
  • メディア: 文庫
 

 

(下)ついに工事が始まった。大石を沈めては堰を作り、水路を切りひらいてゆく。百姓たちは汗水を拭う暇もなく働いた。「水が来たぞ」。苦難の果てに叫び声は上がった。子々孫々にまで筑後川の恵みがもたらされた瞬間だ。そして、この大事業は、領民の幸せをひたすらに願った老武士の、命を懸けたある行為なくしては、決して成されなかった。故郷の大地に捧げられた、熱涙溢れる歴史長篇。

 

水神(下) (新潮文庫)

水神(下) (新潮文庫)

  • 作者:帚木 蓬生
  • 発売日: 2012/05/28
  • メディア: 文庫
 

 

 今月の四金会(月イチ第4金曜日の読書会)の課題図書。帚木蓬生氏の本は初読み。

 なんの予備知識も持たずに読み始めたが、すぐに物語に引き込まれた。ここには真心がある。飢えや貧困ゆえの苦しみ、悲しみ、絶望。それでも生きよう、自分の役割を全うしようとする強い心がある。そしてそんな民に人間らしい生活と救いをと立ち上がった五庄屋の姿の何と尊いことか。上巻だけで何度も涙した。

 五庄屋だけではない。悲願成就の影に、郡下奉行菊竹源三衛門の自刃があった。切腹もいろいろある。罪をかぶる。我が身の潔白を証明するため。喧嘩両成敗。主君の後を追う追腹。家臣たちの命を救うために主君が腹を切る。五つ目の死の重みがズシリと腹にこたえた。なんと気高く美しい心か。外国人には理解できない心情かもしれない。世の不条理に耐え、その不条理を受け入れ、なお己の意志を貫くために不条理を飲み込んでしまう。命と引き換えに一切の邪推、誹謗中傷の類いを寄せ付けない完璧な結末を得るとは、なんという孤高か。おそらく菊竹源三衛門は架空の人物だろう。帚木氏は史実である五庄屋の物語に、このフィクションを織り込むことでこの国にある美しい心を見事に描ききった。

 読んでいる間、ずっとアフガニスタンで非業の死をとげたペシャワール会中村哲氏のことが頭にあった。以前、TVで放映されたドキュメンタリーで、中村氏がアフガニスタンの灌漑に苦労し、日本に帰ってきたときに熱心に山田堰(福岡県朝倉市)を視察していらっしゃったのを見たことがある。調べてみるとどうやら『水神』の舞台となった大石堰の下流にある堰のようだ。そのドキュメンタリーでは石張り式の山田堰の斜めになった角度を何時間もじっと眺める姿が印象的であった。

 残念ながら中村氏は2019年12月4日、アフガニスタンのジャラーラーバードを車で移動中、何者かに銃撃され負傷、搬送中に息を引きとられた。その日が二晩だけのU2日本公演の一日目。私は一日目、二日目ともチケットを手に入れ、公演会場であるさいたまスーパーアリーナにいた。その二日目、4曲目の”Bad”の演奏中にボノがアフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲さんと「ペシャワール会」の名を何度も繰り返すシーンがあった。「偉大なピースメーカー」と称賛し、「電話をキャンドルにしよう。スタジアムを大聖堂にしよう。偉大なテツ・ナカムラを思い出そう」と呼びかけると会場内はゆらめくスマホのライトで埋め尽くされたのだった。中村氏逝去の翌日のステージでの出来事であり、強烈な印象を残す忘れられない場面であった。たまたまそんな経験があって、水不足に苦しむ民のために立ち上がった五庄屋と中村哲氏の志がダブり、その思いの強さと民への献身の尊さに心が震え、何度もこみ上げてくるものがあった。

 小説を読んでこれほど胸が熱くなったのは久しぶりでした。よいものを読ませていただきました。


U2 Bad, Tokyo 2019-12-05 - U2gigs.com

 

jhon-wells.hatenablog.com