佐々陽太朗の日記

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『ほら吹き茂平 なくて七癖あって四十八癖 <新装版>』(宇江佐真理:著/祥伝社文庫)

2023/03/10

『ほら吹き茂平 なくて七癖あって四十八癖 <新装版>』(宇江佐真理:著/祥伝社文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

「沢庵は頭から尻尾まででどこが一番うまいと思う」茂平は大工の元棟梁。いつの頃からか深川では“ほら吹き茂平”と渾名されるようになった。別に人を騙すつもりはない。悲しいことも苦しいことも、ほらに紛らせば落ち込まないことを、懸命に働くうちに身につけたのだ。今日も一向に嫁ぐ気のない我侭娘と相談に来た母親に語り出すと…。笑いと涙の人情小説集。

 

 

 

 宇江佐真理さんのご本はほぼすべて読んだつもりだったが、これは読み落としていた。新装版として発売されたことで、先日書店の新刊コーナーで見つけたものだ。どうやら講談社文庫、文春文庫、集英社文庫など、他社のものは読んだが、祥伝社文庫として出版されたものがごっそり抜け落ちていたようである。調べてみると『おぅねすてぃ』『十日えびす』『高砂 なくて七癖あって四十八癖』がある。さっそく購入して読まねばなるまい。

 

 

 

 

 さて本書には「ほら吹き茂平」「千寿庵つれづれ」「金棒引き」「せっかち丹治」「妻恋村から」「律儀な男」の六編が収められている。それぞれ宇江佐さんお得意のホロリとさせられる人情話である。私の好みは「ほら吹き茂平」「せっかち丹治」「律儀な男」の三編。なかでも「せっかち丹治」が秀逸。生真面目で無骨な父が言葉や態度には表せないがひたすら娘の幸せを願っている様子がとてもイイ。

「ほら吹き茂平」の中に、金持ちの娘ではあるがさほど魅力があるわけでもないのに嫁ぎ先を選り好みして行き遅れそうになっている娘に対して茂平がはっきりとモノ申す場面がある。それが「これは宇江佐さんの心のうちを茂平に語らせたのだろうなぁ」と思え、ニヤリとさせられたので記しておく。

「だからな、お袖さんも手前ェを戒めて、覚悟を決めなきゃ、いつまで経っても嫁に行けねェよ。いい亭主と出会えば、苦労なんて屁の河童よ」

 茂平は懇々とお袖を諭したが、お袖は「苦労するのはいや」と繰り返すばかりだった。

 茂平はため息をつき「お内儀さん、悪いがあんた達の相談にゃ乗れねェよ。もっと親身に話を聞いてくれる人の所へ行ってくれ。おれァ、お手上げだ」と、低い声で応えた。

「あたしのどこが駄目なんですか」

 お袖は切り口上で怯まず訊く。

「どこがって、どこもかしこもよ。そもそも了簡がなっちゃいねェ。あのよ。美人はそれを鼻に掛けて手に負えねェって言うが、おれはそう思わねェよ。本当の美人は手前ェのことを、ちっとも美人だと思っちゃいねェのよ。上には上があることを知っているんだ。中途半端な女が一番いけねェ。勘違いしている者ばかりだ」

 女性だから書ける辛辣な言葉だ。いまどき男がこんなことを書こうものなら、巷にはばかるフェミニストたちがギャースカ騒ぎ立てかねない。宇江佐さん、よくぞ言ってくださったと胸のすく思いである。