佐々陽太朗の日記

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『第三の銃弾』(スティーヴン・ハンター:著/公手成幸:訳/扶桑社ミステリー文庫)

2024/01/14

 『第三の銃弾』(スティーヴン・ハンター:著/公手成幸:訳/扶桑社ミステリー文庫)の上下巻を読んだ。今年の初読み小説ということになる。上巻472P、下巻474Pの長編なので、読み切るのに少々時間がかかってしまったが、かのマイクル・コナリーが「ハンターの最高傑作だ」と評しただけあってすばらしい快作であった。

 まずは出版社の紹介文を引く。

【上巻】

 銃器やスナイパーに関した著作が多い作家アプタプトンが夜間の帰宅途中、車に轢きころされた。警察は事故として処理したが、実際は車を使う殺人を専門にするプロのロシア人殺し屋による犯行だった。しばらく後、被害者の妻がボブ・リー・スワガーのもとを訪れ、事件の調査を依頼する。彼女の夫は近いうちに、ケネディ大統領暗殺の真相を暴露する本を出版する予定だったという。ボブは調査を引き受けダラスに飛んだ。そこで彼を待ち受けていたのは旧知のFBI特別捜査官ニック・メンフィスだった。

【下巻】

 ダラスでニックと会ったボブはFBIの覆面潜入捜査官に任命され、大統領暗殺現場の調査を開始した。しばらくすると、現場周辺にアプタプトン殺害に使われたと思しき同車種の車が姿を現すが、ボブはその車をおびき出し、運転する殺し屋を射殺する。JFK暗殺事件になぜロシア人殺し屋なのか。ボブは捜査のため今度はモスクワへ飛んだ。そして、捜査を進めるボブの頭の中にJFK暗殺事件とその30年後に起きた要人暗殺事件(『極大射程』)との驚くべき関連が次第に浮かび上がってくる…。

 

 本書はあの1963年11月22日のテキサス州ダラスでのジョン・F・ケネディー(以下JFK)の暗殺事件の謎を題材に、ハンターが持てる銃火器への知識とストーリーテラーとしての才能を最大限に駆使して、読み応えたっぷりのアクション・ミステリーに仕立て上げている。

 周知の事実だが事件を調査したウォーレン委員会は1964年、移送中に射殺されたリー・ハーヴェイ・オズワルド(下巻表紙写真の男、以下LHO)の単独犯行と断定している。既に調査は幕引きされているのだ。しかし米政府が調査に係る機密文書の一部を2039年まで75年間封印することを決めたこともあって、政府に何かしら隠したい事実があるのではという憶測から多くの陰謀説が今なお囁かれている。特に本書でも散々こき下ろしてあるのだが、犯人とされたLHOのちんけぶりから、とてもLHOが単独でJFK暗殺に成功したとは信じがたく、バックに巨大な組織があったのではないかとか、実はJFKの命を奪ったのはLHOの放った銃弾ではなく第三者のものなのではないかとの憶測が生じるのもまた無理からぬところ。そうした心境は我が国における2022.7.8、安倍晋三元首相暗殺の容疑者が山上徹也などという×××な人物であることを受け入れがたく、山上のバックに某国がいたのではないかとか、疑惑の銃弾などという陰謀説があることと同じだろう。実は私もそうした陰謀説をそのまま信じてしまうことこそないものの、どうしてもこの事件には裏があるのではないかといった心情に陥りそうになってしまうのだ。ちなみにハンターがLHOのような男のことをどう評しているかがわかる記述が本書の中にあるので抜粋する。主要な登場人物であるヒュー・ミーチャムのモノローグとして書かれた部分である。

 彼らは、人生においてなにかを成し遂げるための技能も才覚も持ちあわせず、そのくせ、みずからの不完全さを直視するのではなく、”体制”と呼ばれる漠然とした枠組みに責任をなすりつけて、それに対立する、自分が輝けるであろうと思える体制を希求する。

 いつの世にもこうした人物はいるものだ。

 ネタバレになってしまうが、本書はJFK暗殺がLHOの犯行ではなく、別の人間によってなされたという説によって書かれている。つまりバックシューターがいたという説だ。もちろんフィクションなのだが、暗殺事件に関して確認されていることが効果的に盛り込まれ、ハンターの逞しい創造力の賜として独創的なナラティブが紡ぎ出されている。

 スナイパー小説の旗手ともいえるハンターが謎の多いJFK暗殺事件を題材にしたのは必然の結果とも言えるだろう。上に記した出版社の紹介文にあるように物語は「銃器やスナイパーに関した著作が多い作家アプタプトンが夜間の帰宅途中、車に轢きころされた」ところから始まる。アプタプトンはJFK暗殺の真相を暴露する本を出版する予定だったという。ハンターがこの作家アプタプトンに自分を重ね合わせていることは容易に察せられる。いきなり読者をニンマリさせてくれるサービスである。

 物語は900頁を超える長編となっており、序盤から中盤、ほぼ終盤に至るまではボブ・リーが暗殺事件を丁寧に調査し、推論をたて、隠された真実に迫る過程が描かれる。華々しいガンアクションを期待する向きには単調で読みづらいところ。しかしその部分があってこそこの小説の良さ、即ち虚実入り交じった緊迫感が生まれる。終盤になってボブ・リーがいよいよ事件の核心に迫り暗殺の黒幕になった人物を追う。まるでハンターが獲物を狩るように。しかしその人物もまたそれを察知して、待ち構え、罠をしかけ、逆にボブ・リーを狩る。ボブ・リー絶体絶命のピンチ・・・はてさて最後はどうなるのか? とたたみかける展開はハンターの筆の真骨頂。もう一度言おう。かのマイクル・コナリーが「ハンターの最高傑作だ」と評しただけある。

 本作を読み終えて、残るスワガー・サーガは以下の四作。じっくり楽しみたい。

  • スナイパーの誇り    Sniper's Honor    2014年   
  • Gマン 宿命の銃弾    G-Man    2017年    2017年  
  • 狙撃手のゲーム    Game of Snipers    2019年    
  •  囚われのスナイパー    Targeted    2022年    
  • ダーティホワイトボーイズ    Dirty White Boys    1994年  (シリーズの番外編的作品)