佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『夢を見るかもしれない PERCHANCE TO DREAM』(ロバート・B・パーカー:著/石田善彦:訳/早川書房)

2021/10/02

『夢を見るかもしれない PERCHANCE TO DREAM』(ロバート・B・パーカー:著/石田善彦:訳/早川書房)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

百万長者の将軍ガイ・スターンウッドの死後、長女のヴィヴィアンは精神を病んだ妹カーメンをサナトリウムに送り込んだ。ところが、ある日突然カーメンは失踪し、追い込まれたヴィヴィアンは、自分に恋をするやくざなクラブ経営者エディ・マースに妹を探し出すように依頼する。一方、スターンウッド家に起こるすべてのことは他人事ではいられない執事のノリスは、過去のいきさつから私立探偵フィリップ・マーロウに何としてもカーメンを探しだしてほしいと依頼してくる。はたして失踪事件の背後にあるものは?調査をすすめるうちに、バラバラ殺人と巨額の詐欺事件が絡み、事件は夢にも思わぬ展開をみせるのだった…。当代随一の人気ハードボイルド作家ロバート・B・パーカーが50年の歳月を経て贈る、師レイモンド・チャンドラーの処女作『大いなる眠り』の続篇。未完の遺作『プードル・スプリングス物語』の完成版につづく「パーカー版フィリップ・マーロウ」第2弾。

 

 

 堪りません。ハードボイルド好きとして、探偵フィリップ・マーロウを愛する一人の読者として、そして三十数冊ものスペンサーシリーズを愛読した読者として、本書は堪りません。タフを気取った減らず口、女心を溶かす格好良さ、易きに流れないとする意地、いけ好かない奴に自分のことを左右させないとする矜持、ページをめくるたびにキュンキュンする。そしてもうこれ以上、チャンドラーはおろかパーカーの新作には出会えないのだということに煩悶する。私も年老いた。

『大いなる眠り』の続編として対で読みたい。そう、チャンドラーとパーカーが恋しくなったら、この2冊を対で読むのが良いだろう。

 パーカーがマーロウに用意した最後の場面を記憶に残すため引いておく。

 わたしは黙り込んでいた。ヴィヴィアンは立ちあがり、わたしの背後にやってきて、首すじと肩を優しくもみほぐしはじめた。

「わたしたちはどうなるの、マーロウ? この前の夜、わたしたちのあいだにはなにかが生まれたはずよ」

 わたしはうなずいた。

「ここで暮らすこともできるのよ」

「ああ、しばらくは」わたしはいった。

「長つづきしないというの?」

「いま、きみは怯えている。そして、孤独だ。また、カーメンの問題をかかえこんだ。ボンセンティールの行方もわかっていない。いまは、おれのような人間が好もしく思える。だが、来年は? ポロの観客席にすわったおれはどう見えるだろう? 頭文字の刺繍のはいったブレザーを着せられるのか? 英国人まがいの話し方を身につけ、デル・マーのクラブハウスでも場ちがいに見えないように、会話教室に通うのか?」

「あなたはほんとうに嫌味なひとね、マーロウ」

「おれは私立探偵なんだ、奥さん。前にもいったように。遊びじゃない。これがおれの仕事なんだ。フランクリン街の薄汚いアパートメント、カフェンガ通りの狭苦しいオフィスに似合った人間だ。自分の流儀で金をつかい、なすべきことをして、侮辱されることを許さない。つまらない仕事だが、これがおれの仕事なんだ。あたえられた頭脳と度胸と筋肉をつかって、仕事をする。そして、金を稼ぐ」

 彼女は泣き出した。わたしも、少し泣きたいような気分になっていた。

 彼女はいった。「お別れのキスをしてくれる?」