佐々陽太朗の日記

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朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕

5月15日

朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕

家族は私のことを嫌っていますよ。妻も娘も、仕事のことしか頭にないと私を批判します。家に私の居場所などありません。それでもいいのですよ。妻や娘は、私がささやかながら家を建て、一家を支えてきたことを忘れています。しかし、その事実は残ります。居場所などなくても、私は私の家族を養ったという自信が残ります。私は誇りを持って闘い、死んでいくつもりです。
                           218Pより
 

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朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』(今野敏・著/新潮文庫)を読みました。警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ第二弾です。

このシリーズは第三弾『ビート』から読んでしまい、今回読んだのが第二弾。次にシリーズ第一弾『リオ』を読むつもりなので反対から読むことになってしまっている。まあ、仕方がない。『ビート』を読んだのが2008年の12月のことだから、ずいぶん積読本のまま放っておいたものだ。しかし、読み出したら面白くて一気読みでした。

裏表紙の紹介文を引きます。

あの日、妻が消えた。何の手がかりも残さずに。樋口警部補は眠れぬ夜を過ごした。そして、信頼する荻窪署の氏家に助けを求めたのだった。あの日、恵子は見知らぬ男に誘拐され、部屋に監禁された。だが夫は優秀な刑事だ。きっと捜し出してくれるはずだ――。その誠実さで数々の事件を解決してきた刑事。彼を支えてきた妻。二つの視点から、真相を浮かび上がらせる、本格警察小説。

冒頭に引用したのは、作中で主人公・樋口顕が深夜の健康ランドで知り合ったある銀行マンの言葉。働き盛りのサラリーマンの言葉に身につまされる。単なる警察小説にとどまらず、家族愛を描いたところに本書の特徴がある。ひとたび事件が起これば家庭を顧みず捜査に没頭する警視庁強行犯係・係長(ハンチョウ)樋口顕。そんな夫に愚痴ひとつ言わず内助の功で支える妻・恵子。結婚して家庭を持ち、子供が出来てという日常を重ねていくうちにいつの間にか二人の関係は男と女から夫と妻、家族へと変化している。つまり、恋愛中のような熱を帯びた関係ではなく、安定し、一見してお互いに無関心ともとれる落ち着いた関係になっている。果たしてそのような関係が夫婦のあり方なのか。そのあたりを妻が誘拐されてしまうという事件を機にあらためて考える主人公。物語を読み進めるうちに読者もそのあたりを否応なしに考えさせられることになるのだが、やはり私は日本人、しかも旧人類である。「公(仕事)」と「私(家庭)」があれば、公を優先するのが当然だと感じるし、そのことに後ろめたさを全く感じないわけではないがむしろそれが美徳だと考えている。そして、そのような考えの私にとって主人公の妻・恵子さんは実に魅力的なのだなあ、これが。

男と女を考えるときに私の好きなシリーズ小説(スペンサー・シリーズ)を引き合いに出してみよう。このシリーズでロバート・B.パーカーの描く理想の男女関係としてスペンサーとスーザン・シルヴァマンとの関係はセックス抜きでは考えられないが樋口顕と妻・恵子の関係にセックスは色濃く感じない。スペンサーとスーザンは一緒にいる時間をとても大切にするし、一緒にいる間、密度の濃い会話をする。しかし、樋口顕・恵子夫婦は同じ部屋にいてお互いが会話もせずに別のことをしていたり、夫が仕事のことで頭がいっぱいで妻の言ったことを上の空で聞き、いい加減な返事をするといった始末。でも、そんな樋口夫婦もお互いへの信頼と絆はスペンサー・スーザンと同じだけ強い。いやむしろ普段、お互いの気持ちを確認し合うことなしに、一片の心の迷い無くお互いを信じている樋口夫婦の絆のほうにこそ真の強さを感じるのは私だけではないだろう。

本書は謎解きを楽しむミステリーであり、犯人を追い詰める警察小説であり、家庭よりも仕事に生きるオジサン応援歌である。

 

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