佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

青森へ STORY BOX JAPAN Nov.2010

 眼前に広がっていたのは絶景である。
 黎明のやわらかな陽光の中、うっすらと朝霧がかかり、視界は茫洋として定まらない。まだ眠りから覚めやらぬ温泉街の向こうには、白神山地の緩やかな稜線が見える。神の住まう森といわれた原生林の幽玄の起伏が、陰翳と濃淡を明らかにしつつかなたまで続いている。はるか先に目を凝らしても、空と地には境がない。
 それは光と水と土とがおりなす一個の奇跡であった。
                                                              (本書P69「寄り道」(夏川草介)より

 

 

 

 

 遅ればせながらずっと読み続けてきた「STORY BOX」の別冊である。「STORY BOX」は3月15日にVol.16(2010.12月号)を読み終えたのでもう少しで月刊ペースに追いつけるところ、わざわざ別冊に手を伸ばさずともとおもったが、やはり読まずにいられない。
 青森は私にとって遠い県である。距離があるだけでなく、縁がない。青森を訪れたこともなければ、知り合いに青森県人は一人もいない。青森県と私の接点といえば、太宰を読んだことがあること、「田酒」を飲んだことがあること、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」を生で聴いたことがあること、愛読書の一冊に風間一輝氏の「男たちは北へ」があることぐらいなものだ。


 しかし、青森には私の心を惹く何かがある。いつか一度は訪れたい、そう思う場所でもある。それは本州の北のはずれであるというロケーション(♪ごらんあれが竜飛岬北のはずれと~♪)へのあこがれ、津軽半島下北半島の織りなすエキセントリックな形(鹿児島県の薩摩半島大隅半島、愛知県の知多半島渥美半島にもそそられます)を萌ゆる心、そして敬愛する酒呑み・太田和彦氏の絶賛する名居酒屋「ふく郎」のある県だからなのかもしれません。
 冒頭引用した夏川草介氏の短編「寄り道」の一節の素晴らしいこと。白神山地の神々しいまでの美しさがこの一説を読んだ瞬間に頭の中に像を結ぶ。これは是非この目で直に確かめねばなるまい。
 さて、本書の中身に少しばかり触れておきましょう。青森をテーマに人気作家が短編を寄せています。北上次郎氏の本に関するエッセイもテーマは青森、森山大道氏の写真も青森で撮影されたもののようです。昨年の春から夏にかけて作家が実際に青森取材を敢行し書き下ろした作品ばかり。出版社(小学館)の作家ご招待旅行か? そもそも何故「青森」なのだろう。東北新幹線「八戸~新青森間」開通にあわせて出版を狙ったのか?
 作品のラインナップは次のとおりです。
北上次郎 本の話「青森」について番外編
  相変わらず北上氏に本の紹介は素晴らしく上手い。その本を是非読みたいと思ってしまうから不思議だ。

夏川草介 『寄り道』
  本書でいちばんの短編。さすが新進気鋭の作家。読ませるだけでなく、余韻も心地よい。

井上荒野 『下北みれん』
  楽しめません。はっきり言って同性愛の男の気持ちなど読みたくもない。直木賞作家といえども、ほかの作品を読むこともないだろうな、たぶん…

島本理生 『捨て子たちの午後』
  うーん、悪くない。悪くないが良くもない。告解という形をとるのも安直な感が否めず。

西加奈子 『泣く女』
  イイ感じの青春小説。私も『津軽』を読みながら青森を旅したいぞ!

嶽本野ばら 『死霊婚』
  いただけません。主人公の行為は醜悪なだけです。後味悪く読まなければ良かったと後悔した。

森見登美彦 『夜会』
  黒髪の乙女好きの登美彦氏でも、竹林好きの登美彦氏でもない、不気味系の登美彦氏でした。私はやっぱり不気味系よりお馬鹿妄想系の登美彦氏のほうが好きだなあ。

●相場英雄 『親指(サム)』
  好きです、この種の話。アーティストとはそういうものだろう。

●西村京太郎 『青森わが愛』
  よく解らん。

 

 

 

 短編集として玉石混淆の感があるが、青森に行きたくなったのは確かです。