新版 落語手帖』(矢野誠一・著/講談社)に紹介された274席のうちの35席目は『お直し』。
亭主が博打に手を出してすってんてんになってしまい、愛している女房に客を取らせるという噺。そんな噺が聴けるかっ! と叱られそうです。特に人権問題に神経質な昨今ではあり得ない噺でしょう。
古今亭志ん生で聴くべきでしょう。
ともすれば陰惨になりかねない噺をそうならないように聴かせてしまう話芸は流石。志ん生がマクラで触れているが、あろうことか志ん生はこの廓噺で文部大臣賞を受賞しているのだ。
「女郎買いの話に文部大臣賞って、、粋ですねぇ大臣さんも・・」
古き良き時代を感じます。
志ん生の息子、志ん朝もなかなかのものです。それも聴いてみましょう。父親の十八番であった「お直し」を息子がどう演じるか。序盤に御茶を挽いて(昔、遊里で暇な遊女が客に出す茶を挽く仕事をさせられたことからという来た言い回しで芸者・遊女・女給などが客がなくて暇でいるという意味)泣いている花魁を慰め、鍋焼きを食べさせてあげるシーンを差し込み、最後に、あの時の鍋焼きは後にも先にもあんなにおいしいものを食べたことなかった、一生忘れない味だと語る女房の演出がホロリとさせます。本来、陰惨な噺になってしまいかねないところを人情噺として聴かせるところは名人芸です。