『祇園白川 小堀商店 いのちのレシピ』(柏井壽:著/新潮文庫)を読みました。
まずは出版社の紹介文を引きます。
小堀商店。その扉はとびきりの料理のために開かれる。百貨店相談役の小堀善次郎、彼の右腕たる木原、芸妓ふく梅、若き和食店主淳。非凡な舌を持つ四名が後世に伝えるべきレシピをここに集めているのだ。ある日、小堀が見知らぬ男に刺されるという事件が起こる。その背景には明石焼をめぐる過去の経緯が―。さまざまな美味、通いあう人情、京の四季。あなたを虜にする、絶品グルメ小説集。
祇園白川・小堀商店、連作短編シリーズの第二弾。第一弾『祇園白川 小堀商店 レシピ買います』の発刊から2年の時を経て発刊された本作。市井にあって人々から愛されている食堂、インスタ映えなどとは無縁の本当においしいもの、真っ当な割烹とその料理人などなど、食に対する一家言はまさに柏井先生のお家芸だ。
出版社の紹介文には「グルメ小説集」とあるが、希少な高級食材を使った贅沢、いわゆる美食を取り上げたものではない。むしろうどんや蕎麦、玉子焼き(明石焼)といった庶民的なものを題材にしており、だがしかしそうした凡庸ともいえる料理が食通をうならせるレベルにまで高められているありさまが描かれている。そこにはとことん考え抜かれ、際限ない試行錯誤と工夫が積み重ねられた料理人の苦労がある。もちろん最高の食材、希少な食材のおいしさや値打ちを否定するものではない。そうしたものをいただく喜びは確かにある。しかしそうしたもののおいしさは、食材そのものが持っているパワーであり、料理人の仕事はその良さをいじり回して壊したりしないことだろう。その意味では何の変哲もない料理と言えなくもない。またそうした高級料理には、それを提供する店と客の虚栄が透けて見えることも少なくない。それにひきかえ、おいしいものを庶民感覚の値段で提供し、しかもいつも食べたいと思わせる料理の味わいは、物珍しさや見た目の派手さとはかけ離れて、まさに客の胃袋を掴んでいる。
第一話から第六話までの中に登場する食べものや酒、あるいは明石の魚の棚(うおんたな)、唐津の某名旅館などなど、柏井先生の実見に基づくのであろう記述は真に迫っている。読者として、実際にそこに行き、物語と同じようなおいしい体験をしたいと思わずにいられない。第二話に登場した「鯖飯」を食べてみたいと思い、スーパーで手に入る材料で作ってみた。おそらく小説に書かれた味にはほど遠いのだろうが、結構おいしく炊き上がり、つれ合いにも大好評であった。本作を読んで料理のイメージをふくらませ、自分なりにアレンジして料理をしてみるのも一興であろう。