2021/05/16
『孤蓬の人』(葉室麟:著/角川文庫)を読みました。
まずは出版社の紹介文を引きます。
戦国乱世を生き抜き、徳川の天下となったのちも、大名として、茶人として名を馳せた小堀遠州。おのれの茶を貫くために天下人に抗った千利休、古田織部とは異なり、泰平の茶を目指した遠州が辿り着いた“ひとの生きる道”とは。「白炭」「投頭巾」「泪」…茶道具にまつわる物語とともに明かされるのは、石田三成、伊達政宗、藤堂高虎など、戦国に生きた者たちによる権謀術数や、密やかな恋―。あたたかな感動が胸を打つ歴史小説。
久しぶりの葉室麟氏の小説。過去に読んだのは四冊。以下のとおりである。
たまたまではあるがずいぶん長い間、葉室麟氏の小説を読んでいなかった。しかし『蜩ノ記』や『川あかり』は私の琴線に触れた小説でした。本書は読書友達がすごくイイと推してくれたものです。ならば読もう、すぐに読もうと購入しました。
信頼出来る読友が推したのだから当然ですが良い小説でした。なんとも味わい深い。恥ずかしながら私は小堀政一(遠州)という人物をよく知りませんでした。山田芳裕氏が古田織部を描いた漫画『へうげもの』の登場人物として知っている程度です。
本書を読んで、「きれいさび」と言われる遠州の茶が少し分かった気がします。そして融通無碍ともいえる遠州の生き方に感銘を受けました。生き方でいえば、千利休が自分の求める美にこだわり豊臣秀吉から死を賜ったこと、同じく己の信じる美にこだわるへうげもの古田織部が徳川秀忠から死を賜ったことをを見れば、遠州の生き方はしなやかだと見える。それについては「泪」の章での遠州と古田織部の娘・琴とのやりとりが印象的だ。少々長くなるが、胸を打つ場面であったので忘れないよう引いておく。
琴:「小堀様はいかようなお心で茶を点てておられましょうか」
遠州:「さほど、確たる思いがあるわけではございませんが 、強いて申せば、相手に生きて欲しいとの思いは込めているように思います。
琴:「生きて欲しい、とはどのようなことでしょうか」
遠州:「さて、ひとがこの世にて何をなすべきかと問われれば、まず、生きることだとお答えいたします。茶を点てた相手に、生きておのれのなすべきことを全うしてもらいたいと願い、それがかなうのであれば、わたしも生きてあることを喜ぶことができる。さような思いでおります」
琴:「ひとが生きるということは、自分らしく生きられてこそだと存じますが、いかがでしょうか。おのれらしく生きられないのなら、生きてもしかたがないと思います」
遠州:「おのれらしく生きるとはさように狭苦しいものでしょうか。いかなることに出遭おうとも、自らの思いがかなわずとも、生きている限りは自分らしく生きているのではないかとわたしは思います。自らを自分らしくあらしめるということを、いかに捨てようと思っても、捨てることはできないのではありますまいか」
昔も今も、美であれ、イデオロギーであれ、政であれ、世に争いごとの種は尽きない。本書にも遠州の義父・藤堂高虎の言葉に「世の中の諍いが絶えぬのは、正しき者ばかりのゆえじゃ」という言葉があるが、まことに正鵠を射ている。おのれの心のあり方をどうすべきか、どう生きるかを考えたとき、遠州の「しなやかさ」がひとつの答かと思う。よい小説に出遭いました。本書を推してくださった読友さんに感謝。