佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『レゾンデートル』(知念実希人:著/実業之日本社文庫)

2022/07/20

『レゾンデートル』(知念実希人:著/実業之日本社文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

末期癌を宣告された医師・岬雄貴は、酒浸りの日々を送っていた。ある日、不良から暴行を受けた岬は、復讐を果たすが、現場には一枚のトランプが―。そのカードは、連続殺人鬼「切り裂きジャック」のものと同じだった。その後、ジャックと岬の奇妙な関係が始まり…。

二年連続本屋大賞ノミネート作家、幻のデビュー作。末期癌の医師、連続殺人犯、家出少女が交錯する骨太サスペンス、衝撃が待つ!

 

 

 

 知念実希人氏を読むのはこれが三冊目。最初の出会いは『十字架のカルテ』(小学館)であった。読んだのは2年前の四月。このめちゃくちゃ面白い医療ミステリーを読むのにふさわしい状況、市内の病院で大腸検査を受けた日のことだった。腸内をきれいにする過程の三時間、そして検査結果を待ち、お医者様との面談を待つ長い長い本来なら退屈であろう時間を極上の時間に変えてくれた。他作も絶対読みたいと思いつつも、風の吹くまま気の向くまま神さまの言うとおり流れにまかせていろいろ他の作家を読んであれよあれよと二年あまりが過ぎてしまった。そしてようやく先月の末に『仮面病棟』(実業之日本社文庫)を読むこととなった。それこそ本棚に並ぶ未読本の中から気の向くままに選んだのだ。それを読むとさらに知念氏の作品を読みたくなった。それほどこの作家さんの本が面白いのだ。できれば全作読みたい。そのためにはデビュー作から順番に読んでいくべきと考え本作を読むに至った。

jhon-wells.hatenablog.com

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 本当にこれがデビュー作か? 息をもつかせぬ怒濤のごとき478ページ。ハードボイルド、ミステリー、サスペンスの要素を併せ持つ堂々たる作品である。

「一人の人間を殺して十人の人間が救われるなら、その一人を殺しますか?」 この問いかけは正義とは何か、罪とは何かに対する答を鋭く性急に迫ってくる。余命がもう3ヶ月も無いとわかっており、もう守るものなど何も無い主人公に、その答をはぐらかすことは出来なかった。末期癌という呪われた運命を背負い、人生の意味(己の存在理由)とは何かを考え悩み続けた結果、行き着いた究極の目標は「笑いながら死ぬ」こと。「死」は敗北ではない。「死」を受け容れるまでに、いかに意味ある「生」を送れるか。やるべきことをやりきり、もう思い残すことはないと満足して死ぬことが最後の目標となる。

 知念氏は主人公にヒロイズムにあふれた死に様を用意した。それはもうけっして生きながらえることのない己の命を賭して自分の一番大切なものを守るという行為。それこそが己の生きた証しであり生き様。それこそがレゾンデートル(存在理由)であった。私は泣きましたよ。皮肉屋に言わせればリアリティーのない過剰演出かもしれない。しかしフィクションにはそれが出来る、それがフィクションの良いところであろう。極上のエンターテイメント小説でした。