佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『恋しぐれ』(葉室麟:著/文春文庫)

2023/02/18

恋しぐれ』(葉室麟:著/文春文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

京に暮らし、二世夜半亭として世間に認められている与謝蕪村。弟子たちに囲まれて平穏に過ごす晩年の彼に小さな変化が…。祇園の妓女に惚れてしまったのだ。蕪村の一途な想いに友人の応挙や秋成、弟子たちは驚き呆れるばかり。天明の京を舞台に繰り広げられる人間模様を淡やかに描いた傑作連作短編集。

 

 

 葉室麟氏の小説は過去のブログを振り返ると五冊ばかり読んでいる。『川あかり』(双葉文庫)、『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』(実業之日本社文庫)、『風渡る』(講談社文庫)、『蜩ノ記』(祥伝社文庫)、『孤蓬の人』(角川文庫)で、本書がおそらく六冊目。特に入れ込んでいるわけではないが、好きな作家といっていいだろう。

 このたび本書『恋しぐれ』を読もうと思ったのは、私が参加している月イチの読書会『四金会』の課題書となったからだ。さもなくば読まなかっただろう。私も年寄り、老いらくの恋に多少の興味はあるものの、与謝蕪村という人を画人としても俳人としても良くは知らないからだ。教科書レベルの知識としてその名と俳人であったことぐらいは承知している。句で言えば「春の海 終日のたりのたり哉」と「菜の花や月は東に日は西に」のふたつぐらいは知っている。しかしそれもどこかで目にした耳にしたという程度で、その句を見聞きしたとしていったい誰の句だっけとネット検索して蕪村の句だとわかる程度である。つまり個人的にあまり興味を持ってこなかった人なのだ。

 しかし本書を読んで与謝蕪村が江戸中期においていかに文化の中心にいたのかということが良くわかった。それは本書に円山応挙上田秋成、長沢蘆雪、呉春といった名立たる人物が蕪村を取り囲んでいることがわかったからである。

 本書に収められた七編についてあらすじと実在した登場人物について簡単に触れておこう。(ネタバレ注意)

  1. 「夜半亭有情」
     蕪村は自分の家の様子をうかがう不審な人物をたびたび見かける。友人の円山応挙もその人物を見たと言って似顔絵を描く。その頃、蕪村はなじみの祇園の妓女・小糸に夢中になっていたのだが、その男の似顔絵を女に描き直すとなんと小糸そっくり。果たしてその男の正体とは・・・
     円山応挙上田秋成、松村月渓(蕪村の弟子、後の呉春)が登場する。

  2. 「春しぐれ」
     蕪村は娘くのを有名仕出し料理屋柿屋の長男佐太郎に嫁がせる。しかしさほど長くは続かず離縁になって出戻ってくる。そのいきさつには蕪村の家の下女おさきのしたことが遠因していた。
     これにも松村月渓が登場している。

  3. 「隠れ鬼」
     阿波藩士今田文左衛門は妻子を阿波に残して大阪の蔵奉行を勤める。出入りの商人平野屋忠兵衛に誘われ、新町の遊郭で遊ぶ。そして遊女・小萩に溺れていくが・・・。
     この今田文左衛門こそ、後に蕪村の門人になった俳人・吉分大魯であった。

  4. 「月渓の恋」
     蕪村の弟子・松村月渓は使いで行った寺で娘(おはる)に出会う。おはるは京都で宮大工として働いているはずの父を探しに明石から来たという。おはるには画の才能があり応挙の弟子になりたいと望む。しかしおはるには苦界に身を沈めるという数奇な運命が待っていた。おはるに思いを寄せる月渓が呉春と名を変えた経緯を物語る。

  5. 「雛灯り」
     蕪村の家に新しくおもとという下女が来た。おもとにはどことなく翳りがあった。おもとが離縁されたのには意外な事情があった。
    『西山物語』という小説を著した建部綾足が登場。

  6. 「牡丹散る」
     高弟である長沢廬雪の仲立ちで、応挙の許に牢人浦部新五郎が弟子入りする。新五郎には七重という美しい妻がいた。七重は亡くなった応挙の最初の妻・雪に似ていた。

  7. 「梅の影」
     お梅は芸妓ながら、蕪村の高弟大魯の手ほどきをうけた蕪村門下の一人でもある。いつしか蕪村に心引かれるようになったお梅は蕪村が恋心を抱く小糸に悋気する。月渓(呉春)が『白梅図屏風』を描く経緯も物語られる。
     樋口道立、高井几董が登場する。

 

 蕪村、あるいは応挙の老いらくの恋、そして彼らの弟子たちの恋もまた描かれる。恋とはやはり落ちるものなのだとあらためて思う。なかなか思いどおりに成就しない。成就したとして、それが地獄の入り口となることもある。恋はまた人を仏にも鬼にも変えてしまう。生きるということは、そして恋するということはかくも罪深いことなのだろう。しかしそれでも人は恋をする。それこそが生きた証しであり、人生の華なのだろう。かの福田恆存の言葉に「教養とは、また節度であります」があるが、人々から尊敬を集める才人であっても恋に落ち、節度を無くしそうになるものなのか。

 全編を通じて蕪村の弟子である松村月渓(呉春)が物語に温かみを添えています。第四話「月渓の恋」を読み終えたうえは、池田の名酒「呉春」を飲むとさらに味わい深い感慨がありそうだ。そういえば「呉春」は谷崎潤一郎が愛飲したとも聞く。

 余談ながら本書の第二話「春しぐれ」の書き出し部分に、加藤清正が朝鮮から持ち帰り、豊臣秀吉が献木したと伝わる地蔵院の五色八重散椿が出てくるが、そろそろ咲き始めているだろうか。ちょっと見てみたい気がします。

 

 

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