佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『高瀬庄左衛門御留書』(砂原浩太朗:著/講談社)

2023/06/25

『高瀬庄左衛門御留書』(砂原浩太朗:著/講談社)を読んだ。図書館に予約してからかれこれ半年近くなって手元に来た本である。それだけ人気があるということだろう。

 まずは出版社の紹介文、その他絶賛のコメントを引く。

◎第165回直木賞候補作◎
◎「本の雑誌」2021年上半期ベスト10で第1位!!◎

美しく生きるとは、誇りを持ち続けるとは何かを問う、正統派時代小説。
藤沢周平乙川優三郎葉室麟ら偉大な先達に連なる新星、ここに誕生。

「こんな時代小説を待っていた」の声多数!
2021年6月5日(土)朝日新聞「売れてる本」に掲載!

神山藩で、郡方を務める高瀬庄左衛門。50歳を前にして妻を亡くし、さらに息子をも事故で失い、ただ倹しく老いてゆく身。残された嫁の志穂とともに、手慰みに絵を描きながら、寂寥と悔恨の中に生きていた。しかしゆっくりと確実に、藩の政争の嵐が庄左衛門を襲う。

「心が洗われる」というのは、こういう感覚を言うのだと実感した。ーー作家・江上剛(朝日新聞6月5日)

この人がこれから作品をどんどん出していくのがドキドキするし嬉しい。すごい時代に立ち会っている気がする。次回作も必ず読みたい! ーー北上次郎(YouTube「北上ラジオ」)

誰でも歳を取れば、違う生き方もあってのではとの悔悟を抱くもの。その迷いにどう向き合うか。考えさせられた。ーー記者・佐藤憲一(読売新聞1月19日)

私は、作者がこれからの時代小説界をリードしていく存在になることを信じて疑わない。
ーー縄田一男(産経新聞2/21)

美しい物語だ。穏やかで、静かで、そして強い物語だ。ーー大矢博子(「小説すばる」3月号)

生きることの喜び、悲しみ、諦め、希望をすべてのみ込んだ時代小説ーー内藤麻里子(毎日新聞2/7)

主人公もさることながら脇の人物たちもよく書き込まれ魅力がある。ーー川本三郎(毎日新聞2/20)

人はどう生き、どう老いていくべきかの指針となる。(紀伊國屋書店仙台店 齊藤一弥さん)
全日本人に読んでほしい。(旭屋書店池袋店 礒部ゆきえさん【ダ・ヴィンチニュース3月6日】)
心情が清らかに流れ続けながら、激動の大河浪漫があり、心奪われました。ずっと浸っていたいこの至福の感覚を、たくさんに人に味わってもらいたい。(うさぎや矢板店 山田恵理子さん)
様々な制限の中で生き、迷いながら歩み続け、心のわだかまりが少しずつ溶ける有り様に、自分の心にも穏やかな風が入り込んだ。時代小説のすばらしさを感じた。(正文館書店本店 鶴田真さん)
厳しい現実を突き付けながらも生きることの温かさと優しさを感じさせてくれる。(くまざわ書店錦糸町店 阿久津武信さん)


人生に沁みわたり、心に刻まれる、誰もが待ち望んだ時代小説の傑作。
武家もの時代小説の新潮流、砂原浩太朗「神山藩シリーズ」第1作。

 

 

 よき小説にござった。世の書評家がこぞって絶賛するのも宜なるかな縄田一男氏も北上次郎氏もベタ褒めではないか。読んでみて、それも当然のことと納得した。藤沢周平葉室麟などの系譜を継ぐ作家の登場と言いたくなるが、そういう言い方では砂原浩太朗氏に失礼な気すらする。それでは砂原氏が藤沢氏や葉室氏を追いかけているように聞こえる。まねごとで追いかけているのではなく、この作自体で砂原浩太朗の世界を作り上げていると言って良いのではなかろうか。それほどに私はこの作品に惚れ込んだ。

 本作がどのように良いのか。それを語れば長くなりそうだ。それにうまく語れそうにもない。「読めば解ります」のひと言で片づけようかとも思うが、それでは読書日記にならない。思いつくまま簡単にいくつか挙げておきたい。まず「美しく生きる」とはどういうことかが描かれている。あるいは「カッコイイ」とはどういうことかが描かれている。主人公の高瀬庄左衛門は一旦は息子に家督を譲った身ながら、その生きかたたるや、誇り高く、潔く、己に易きにつくことを許さないオジサンなのである。なかなかハードボイルドな時代小説だ。ふたつ目に、四季の移り変わり、景色の描き方に情緒があり、読者が頭に描く情景が美しく彩られることだ。物語全体を包む情緒が心地よい。三つ目に、物語を通して登場人物の心情には熱いものが感じられながら、その筆致は努めて控えめであること。過剰な感情表現を排し静謐に描くことで、読者はかえって登場人物の心のうちを推し量って切なくなる。カッコイイ。他にも挙げればいろいろあるが、もう一度「読めば解ります」と言っておこう。

 本作は第165回直木賞候補作になりながら、残念なことに『テスカトリポカ』(佐藤究:著)、『星落ちて、なお』(澤田瞳子:著)に受賞を譲った。本作こそ直木賞にふさわしいと思うが、なぜ選ばれなかったのだろうと不思議でならない。あるいは『テスカトリポカ』、『星落ちて、なお』の二作が本作を凌駕するだけの作品なのだろうか。受賞作二作もいずれ読んでみなければなるまい。それよりもまず既に上梓されている「神山藩シリーズ」第二作『黛家の兄弟』を読もう。あぁ、ワクワクする。