佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『夜長姫と耳男』(坂口安吾:著/夜汽車:絵/立東社)

2024/01/16

『夜長姫と耳男』(坂口安吾:著/夜汽車:絵/立東社)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

人気シリーズ「乙女の本棚」第12弾は坂口安吾×イラストレーター・夜汽車のコラボレーション!
小説としても画集としても楽しめる、魅惑の1冊。全イラスト描き下ろし。

好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。
師匠の推薦で、夜長姫のために仏像を彫ることになった耳男。故郷を離れ姫の住む村へ向かった彼を待っていたのは、残酷で妖しい日々だった。

ノスタルジーを感じさせる美しい作品で大きな話題を呼んでいるイラストレーター・夜汽車が坂口安吾を描く、珠玉のコラボレーション・シリーズです。
自分の本棚に飾っておきたい。大切なあの人にプレゼントしたい。そんな気持ちになる「乙女の本棚」シリーズの1冊。

 

 

 怖ろしいほどの美しさ、無垢の残虐性、愛情と狂気の相似。いやはやすごい小説でした。ただただ怖ろしい。しかしその怖ろしさから目がそらせない。そんな思いで読んだ。

 美を突き詰め、それをかたちに表そうと精進する若者の前に怖ろしいほどの美しさを持つ少女が現れた。少女は人でありながら人の持つ余計なものを持たない。そこには体温すら感じられないほどの完全な美があった。若者はその美しさに打ちのめされ、抗いがたい美に抗い、かたちに表す術として呪う。そうすることでしか夜長姫の持つ美しさを像に結ぶことが出来なかったのだろう。

 単に工芸にとどまらず芸術を求めた才能の悲劇と歓喜。それがこの小説が描きたかったものなのかなと、それが私の拙い頭で考えた精一杯のことです。

好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。

 夜長姫が発したこの言葉に打ちのめされる。

 

 読み終えた後に一つ悲しいこと。最後の頁に出版社からのこんな言葉が書いてありました。

※本書には、現在の観点から見ると差別用語と取られかねない表現が含まれていますが、原文の歴史性を考慮してそのままとしました。

 こんな言葉を読まねばならないとは、ひたすら悲しい。言葉を狩れば人の心の中にある差別性がなくなるとでも言うのか。その言葉でないと表せないものがある。文学とは、芸術とはそのようなものだろう。そこにあるものを見えなくして、人々に目隠しをして、その先になにがあるというのか。ポリコネだか、多様性尊重だか、社会的弱者に寄り添うだかしらないが、私にはおためごかしとしか思えない。

 

『わたしの名店 おいしい一皿に会いにいく』(三浦しをん、西加奈子ほか:著/ポプラ文庫)

2024/01/16

『わたしの名店 おいしい一皿に会いにいく』(三浦しをん西加奈子ほか:著/ポプラ文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

大好きなお店の一皿で、気分があがる。キラキラとした幸福感が染み入る「鴨ロースト」、憂鬱の原因が汗とともに流れ出ていく「ガパオ」、幸福だった子どもの頃の記憶を呼び覚ます「ピネライス」、毎年春になるのが待ち遠しくなる「よもぎ餅」――自身にとっての「名店」と特別な一品を28名が想いを込めて綴るエッセイ集。エッセイに登場するお店の情報も掲載。

◎作家一覧(掲載順)
三浦しをん西加奈子中江有里美村里江、宇垣美里、清水由美山田ルイ53世、塩谷舞、稲垣えみ子、道尾秀介ジェーン・スー、岡崎琢磨、バービー、朝井リョウ瀬尾まいこ、佐藤雫、清水ミチコあさのますみ畠中恵、はるな檸檬、小川糸、久住昌之、川内有緒、澤村伊智、朱野帰子、最相葉月、藤岡陽子、森見登美彦

 

 

 年に4回発行している、ポプラ社の文芸PR誌『季刊asta』に「わたしの名店」という題で掲載されたエッセイを文庫化したものらしい。作家やエッセイスト、タレントなどそれぞれの思う名店を紹介するエッセイ。

「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう。」と言ったのはかの美食家サヴァランだったか。なるほど、人がどのような店を名店と評するかで、その人が分かろうというもの。

 読んでいて私もおいしい一皿に会いにいきたくなった。三浦しをん氏のイタリアン、西加奈子氏の居酒屋(?)、中江有里氏の蕎麦屋・・・。なかなか行く機会はないだろうなと思いながらもGoogleマップに印を入れていった。

 そもそも本書を読もうと思ったのは森見登美彦氏のエッセイが掲載されていることを氏のブログに書いてあったのを発見したからだ。私は長らく登美彦氏の文章に飢えているのだ。だから、たとえ数頁の短文であってもありがたく読ませていただいた。登美彦氏が紹介した店を知って、あらためて登美彦氏が好きになった。あと一週間ほどで待ちに待った新刊『シャーロック・ホームズの凱旋』が手元に届く予定である。よきことかな。

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『第三の銃弾』(スティーヴン・ハンター:著/公手成幸:訳/扶桑社ミステリー文庫)

2024/01/14

 『第三の銃弾』(スティーヴン・ハンター:著/公手成幸:訳/扶桑社ミステリー文庫)の上下巻を読んだ。今年の初読み小説ということになる。上巻472P、下巻474Pの長編なので、読み切るのに少々時間がかかってしまったが、かのマイクル・コナリーが「ハンターの最高傑作だ」と評しただけあってすばらしい快作であった。

 まずは出版社の紹介文を引く。

【上巻】

 銃器やスナイパーに関した著作が多い作家アプタプトンが夜間の帰宅途中、車に轢きころされた。警察は事故として処理したが、実際は車を使う殺人を専門にするプロのロシア人殺し屋による犯行だった。しばらく後、被害者の妻がボブ・リー・スワガーのもとを訪れ、事件の調査を依頼する。彼女の夫は近いうちに、ケネディ大統領暗殺の真相を暴露する本を出版する予定だったという。ボブは調査を引き受けダラスに飛んだ。そこで彼を待ち受けていたのは旧知のFBI特別捜査官ニック・メンフィスだった。

【下巻】

 ダラスでニックと会ったボブはFBIの覆面潜入捜査官に任命され、大統領暗殺現場の調査を開始した。しばらくすると、現場周辺にアプタプトン殺害に使われたと思しき同車種の車が姿を現すが、ボブはその車をおびき出し、運転する殺し屋を射殺する。JFK暗殺事件になぜロシア人殺し屋なのか。ボブは捜査のため今度はモスクワへ飛んだ。そして、捜査を進めるボブの頭の中にJFK暗殺事件とその30年後に起きた要人暗殺事件(『極大射程』)との驚くべき関連が次第に浮かび上がってくる…。

 

 本書はあの1963年11月22日のテキサス州ダラスでのジョン・F・ケネディー(以下JFK)の暗殺事件の謎を題材に、ハンターが持てる銃火器への知識とストーリーテラーとしての才能を最大限に駆使して、読み応えたっぷりのアクション・ミステリーに仕立て上げている。

 周知の事実だが事件を調査したウォーレン委員会は1964年、移送中に射殺されたリー・ハーヴェイ・オズワルド(下巻表紙写真の男、以下LHO)の単独犯行と断定している。既に調査は幕引きされているのだ。しかし米政府が調査に係る機密文書の一部を2039年まで75年間封印することを決めたこともあって、政府に何かしら隠したい事実があるのではという憶測から多くの陰謀説が今なお囁かれている。特に本書でも散々こき下ろしてあるのだが、犯人とされたLHOのちんけぶりから、とてもLHOが単独でJFK暗殺に成功したとは信じがたく、バックに巨大な組織があったのではないかとか、実はJFKの命を奪ったのはLHOの放った銃弾ではなく第三者のものなのではないかとの憶測が生じるのもまた無理からぬところ。そうした心境は我が国における2022.7.8、安倍晋三元首相暗殺の容疑者が山上徹也などという×××な人物であることを受け入れがたく、山上のバックに某国がいたのではないかとか、疑惑の銃弾などという陰謀説があることと同じだろう。実は私もそうした陰謀説をそのまま信じてしまうことこそないものの、どうしてもこの事件には裏があるのではないかといった心情に陥りそうになってしまうのだ。ちなみにハンターがLHOのような男のことをどう評しているかがわかる記述が本書の中にあるので抜粋する。主要な登場人物であるヒュー・ミーチャムのモノローグとして書かれた部分である。

 彼らは、人生においてなにかを成し遂げるための技能も才覚も持ちあわせず、そのくせ、みずからの不完全さを直視するのではなく、”体制”と呼ばれる漠然とした枠組みに責任をなすりつけて、それに対立する、自分が輝けるであろうと思える体制を希求する。

 いつの世にもこうした人物はいるものだ。

 ネタバレになってしまうが、本書はJFK暗殺がLHOの犯行ではなく、別の人間によってなされたという説によって書かれている。つまりバックシューターがいたという説だ。もちろんフィクションなのだが、暗殺事件に関して確認されていることが効果的に盛り込まれ、ハンターの逞しい創造力の賜として独創的なナラティブが紡ぎ出されている。

 スナイパー小説の旗手ともいえるハンターが謎の多いJFK暗殺事件を題材にしたのは必然の結果とも言えるだろう。上に記した出版社の紹介文にあるように物語は「銃器やスナイパーに関した著作が多い作家アプタプトンが夜間の帰宅途中、車に轢きころされた」ところから始まる。アプタプトンはJFK暗殺の真相を暴露する本を出版する予定だったという。ハンターがこの作家アプタプトンに自分を重ね合わせていることは容易に察せられる。いきなり読者をニンマリさせてくれるサービスである。

 物語は900頁を超える長編となっており、序盤から中盤、ほぼ終盤に至るまではボブ・リーが暗殺事件を丁寧に調査し、推論をたて、隠された真実に迫る過程が描かれる。華々しいガンアクションを期待する向きには単調で読みづらいところ。しかしその部分があってこそこの小説の良さ、即ち虚実入り交じった緊迫感が生まれる。終盤になってボブ・リーがいよいよ事件の核心に迫り暗殺の黒幕になった人物を追う。まるでハンターが獲物を狩るように。しかしその人物もまたそれを察知して、待ち構え、罠をしかけ、逆にボブ・リーを狩る。ボブ・リー絶体絶命のピンチ・・・はてさて最後はどうなるのか? とたたみかける展開はハンターの筆の真骨頂。もう一度言おう。かのマイクル・コナリーが「ハンターの最高傑作だ」と評しただけある。

 本作を読み終えて、残るスワガー・サーガは以下の四作。じっくり楽しみたい。

  • スナイパーの誇り    Sniper's Honor    2014年   
  • Gマン 宿命の銃弾    G-Man    2017年    2017年  
  • 狙撃手のゲーム    Game of Snipers    2019年    
  •  囚われのスナイパー    Targeted    2022年    
  • ダーティホワイトボーイズ    Dirty White Boys    1994年  (シリーズの番外編的作品)

 

『超短編!大どんでん返しSpecial』(森見登美彦ほか:著/小学館文庫)

2023/12/16

超短編!大どんでん返しSpecial』(森見登美彦ほか:著/小学館文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

人気シリーズ第2弾。34のさらなる驚き!

2000字で世界を反転させる大ヒット“超”短編アンソロジー、シリーズ第2弾!
彼氏に飢えるわたしの食卓、好みのタイプの女のあとをつける俺、オンラインでの家族飲み会──4分後、まったく別の景色があなたを待っている!
ミステリー、SF、ホラー、歴史時代、恋愛などなど、多彩な作家陣は以下の34名。
浅倉秋成、麻布競馬場、阿津川辰海、綾崎隼一穂ミチ、伊吹亜門、伊与原新、小川哲、織守きょうや、加藤シゲアキ北山猛邦、京橋史織、紺野天龍、佐川恭一、澤村伊智、新川帆立、蝉谷めぐ実、竹本健治、直島翔、七尾与史、野崎まど、乗代雄介、藤崎翔、万城目学真梨幸子、宮島未奈、桃野雑派、森晶麿、森見登美彦、谷津矢車、結城真一郎、柚月裕子、横関大、芦花公園(五十音順・敬称略)。

 

 

 2,000字の超短編アンソロジー。シリーズ第二弾なのだそう。第一弾は読んでいない。なぜ第二弾から読んだのかといえば、森見登美彦氏の「新釈『蜘蛛の糸』」が収録されているからである。私は登美彦氏の文章に飢えていた。新刊がなかなか出ない。それだけではなく、ブログもここ一年ほど更新されていなかったのだ。そのブログが先月末に久々に更新された。そのブログには長く執筆に難渋し、巨大な暗礁に乗り上げていた新作『シャーロック・ホームズの凱旋』が完成し来年の1月22日にめでたく発売予定であることが書かれていた。登美彦氏曰く「またしても怪作になったが、そんなことは心底どうでもいい。完成するなら何でもいい。完成こそ正義である」。ありがたや。やっと登美彦氏の小説が読める、読めるならなんでもいいと即刻購入を予約したのは言うまでもない。しかしそれを読むには来年まで待たねばならない。登美彦中毒の禁断症状は今や狂おしいほどまで昂じており、待ったなしだ。幸いなことにそのブログにはもう二つのお知らせがあった。12月6日に本書『超短編!大どんでん返しSpecial』が発刊され、その前日12月5日には登美彦氏の「夏の夜を味わう山上レストラン」と題したエッセイが収録された『私の名店』というエッセイ集がポプラ社から発刊されると書いてあったのだ。幸いかな。年明けまでその2冊でつなごうと矢も楯もたまらず購入したのであった。そんな事情なので本書の巻頭を飾る登美彦氏の短編「新釈『蜘蛛の糸』」が読めればそれで良かった。しかしそんなもったいないことは私の経済観念の許すところではない。収録された34編をすべて読み終えた。すべての作品にレビューをつけることもできるが、それも面倒だ。私好みの数編にひとくちコメントをつけておく。

  • 「新釈『蜘蛛の糸』」(森見登美彦:作)
    読めれば良い。登美彦氏を読むことこそが目的であり正義である。
  • 「矜持」(小川哲)
    「矜持」があるかどうか。人の価値はそれで決まる。最近、わが身可愛さに派閥と仲間を裏切り禁を破ってマスコミにペラペラうたっていた某代議士がいたがクズですね。そいつに読ませてやりたい。
  • 「昼下がり、行きつけのカフェにて」(結城真一郎)
    この作者の作品は読んだことがなく、名前すら知らなかったが、今後注目したい。
  • 「契約書の謎」(柚月裕子
    どんでん返しのどんでん返し。
  • 「オンライン家族飲み会」(横関大)
    切ない。
  • 「美味しいラーメンの作り方」(七尾与史)
    全くの想定外。
  • 「焼きそば」(新川帆立)
    34編中最高点。あくまで私の採点ですが。
  • 「筋肉は裏切らない」(紺野天龍)
    なかなかの力業。
  • 「おとうちゃん」(万城目学
    さすが。

 さて『わたしの名店 おいしい一皿に会いにいく』(ポプラ文庫)も手元にある。これは正月明けぐらいに読むこととしようか。

 それにしても『シャーロック・ホームズの凱旋』(中央公論新社)の発刊が待ち遠しい。

 

 

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『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴:著/新潮文庫)

2023/12/15

『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴:著/新潮文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

日常の食事は、ご飯と具だくさんの味噌汁でよいのです。
料理研究家土井善晴によるこの提言から、
「一汁一菜」ムーブメントは始まった――。
20万部突破の大ベストセラー、待望の文庫化!

日常の食事は、ご飯と具だくさんの味噌汁で充分。あれば漬物を添えましょう。無理のない生活のリズムを作り、心身ともに健康であるために「一汁一菜」という生き方をはじめてみませんか――。料理研究家土井善晴による根源的かつ画期的な提言は、家庭料理に革命をもたらした。一汁一菜の実践法を紹介しながら、食文化の変遷、日本人の心について考察する。著者撮影の食卓風景も数多く掲載。(解説・養老孟司)

 

 

『一汁一菜でよいという提案』というのが本書の題名だ。あくまで土井善晴氏の”提案”なのである。まずはこの”提案”という言葉に注目したい。「一汁一菜でよい」で止めても良かっただろうし、たとえば「一汁一菜の食生活」でも良かっただろう。あるいはもっと強く「一汁一菜こそ理想の食事」といった断言でも良かったのではないかとも思う。”提案”という言葉に留めていることについて本書巻末の解説に養老孟司氏はこう書いている。「個人の主張とはいえ、それにしても謙虚な表現になっていて、土井さんの人柄をよく示している。・・・(中略)・・・こういう穏やかで実質的な主張が、日常を変え、ひいては世界を変えていく」と。確かにいかにも土井氏らしく、好感が持てる。しかし控えめで穏やかな主張であってもさすがは土井氏、本書に綴られた氏の食に対する思索は確信に満ちており強い説得力がある。たとえば「今、なぜ一汁一菜か」について、土井氏は次のように述べる。

 人間は食事によって生き、自然や社会、他の人々とつながってきたのです。食事はすべてのはじまり。生きることと料理することはセットです。

  ・・・(中略)・・・

 暮らしにおいて大切なことは、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる生活のリズムを作ることだと思います。その柱となるのが食事です。一日、一日、必ず自分がコントロールしているところへ帰ってくることです。

 それには一汁一菜です。一汁一菜とはご飯を中心とした汁と菜(おかず)。その原点を「ご飯、味噌汁、漬物」とする食事の型です。

  ・・・(中略)・・・

 一汁一菜とは、ただの「和食献立のすすめ」ではありません。一汁一菜という「システム」であり、「思想」であり、「美学」であり、日本人としての「生き方」だと思います。

 土井氏は食事のあり方を通して、昔ながらの日本人の生き方、美意識、価値観を大切にしようと呼びかけているように思える。つまり、どのような食事をするかにその人の生活態度がもっとも端的に表れるのであって、だからこそ一汁一菜というシステムを習慣化し、日々積み重ねていくことで自分の健常に保ちより良い将来につながるのだと。一事が万事につながる。健常というのはなにも体の健康のことだけではない。心のあり方も含めお天道様に恥じない生き方をすること、きちんと生きることなのだろう。

 土井氏はさらにこうも言う。

 人間の暮らしでいちばん大切なことは、「一生懸命生活すること」です。料理の上手・下手、器用・不器用、要領の良さでも悪さでもないと思います。一生懸命したことは、いちばん純粋なことです。そして純粋であることはもっとも美しく、尊いことです。

「一生懸命生活する」。頑張るだけでなく休むときには休み、余計なもの(余分なもの)を捨て丁寧にきちんと生きるということと解釈した。それが自分の生活に対する戒めとなり、秩序となる。それはいつしか習慣となり、美しい生き方となるのだろう。

 また、土井氏は本書の中で何度もハレとケについて言及する。ハレは特別な状態、祭り事。ケは日常。ハレの料理は神さまのために作るものなので、時間を惜しまず工夫して手間ひまをかけ、彩りよく美しく作る。日常の家庭料理は手間をかけないでよいケの料理なのだという。日本人はこの手をかけるもの、手をかけないものという二つの価値観を使い分けてきた。ハレの価値観をケの食卓に持ち込むようなことをしてはいけないともいう。ただただ贅沢であればよいというのはかっこ悪い。贅と慎ましさが均衡していてこそ美しい生き方なのだと。たしかにインスタ映えする料理、たくさんの「いいね」がもらえる料理ばかりを追いかけるのはかっこ悪いことだろう。日々の食卓がテレビで紹介されるような手の込んだ料理でなければならないなどという強迫観念を持ったとすれば、それは滑稽な振る舞いであり、だいいちそんな食事を毎日毎日食べることなどできはすまい。「一汁一菜でよいという提案」はそのような不様な姿をさらすんじゃないよという穏やかな警告でもあろう。と、ここまで書いて己の無粋を深く反省した次第。もう少し美しく生きねばと。

 

 

 

『ソフト・ターゲット ”SOFT TARGET"』(スティーヴン・ハンター:著/公手成幸:訳/扶桑社ミステリー)

2023/12/01

『ソフト・ターゲット ”SOFT TARGET"』(スティーヴン・ハンター:著/公手成幸:訳/扶桑社ミステリー)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

感謝祭明けの金曜日。アメリカ最大のショッピング・モール〈アメリカ・ザ・モール〉がテロリストに襲われた!立て続けに買い物客を撃ち倒した彼らは、一千人あまりの客を人質にして立てこもる。偶然フィアンセとともにモールを訪れ、テロに巻き込まれた海兵隊退役一等軍曹レイ・クルーズは、単身凶悪なテロリストに立ち向かうことに……。圧倒的な興奮を呼ぶジェットコースター・アクション!

 

テロリストは十数名。イスラム教徒のソマリア人だった。若い彼らは銃の乱射を楽しんだ後、殉教行動を唱えるリーダーの命令により買い物客を駆り集め、千人を超える人間を人質にとった。一方、レイは状況を観察した結果、人質にとられた人間が女性、子ども、老人などの弱者であることを見て取った。ボブ・リー・スワガーの息子であるレイは、スナイパーの血脈を受け継ぐ男として、目の前の事態に対処することを決意し、行動を開始する。海兵隊退役一等軍曹レイ・クルーズ。新しいヒーローの誕生。

 

 本作もスワガー・サーガの1作であるが、ボブ・リー・スワガーは登場せず、ボブ・リーの血を引く元海兵隊員レイ・クルーズが主人公。テレビ局のニュース制作部に勤める娘のニッキも登場する。解説にもあったが映画『ダイ・ハード』を意識して、レイ・クルーズが活躍するスリル満点のアクションものに仕上がっている。

 読みやすく、息をもつかせない展開は迫力満点だ。しかしやはり私はレイ・クルーズが主人公のものよりボブ・リーが主人公のもののほうが好みだ。なんというか人物の厚みが違うのだ。

 さて次は『第三の銃弾』を読むこととしよう。「銃器やスナイパーに関した著作が多い作家 アプタプトンが夜間の帰宅途中、車に轢きころされた。警察は事故として処理したが、 実際は車を使う殺人を専門にするプロのロ シア人殺し屋による犯行だった。しばらく 後、被害者の妻がボブ・リー・スワガーの もとを訪れ、事件の調査を依頼する・・・」といった内容のようだ。またボブ・リーの活躍を楽しむことが出来そうである。

 

 

『デッド・ゼロ "DEAD ZERO"』(スティーヴン・ハンター:著/公手成幸:訳/扶桑社ミステリー)

2023/11/23

『デッド・ゼロ "DEAD ZERO"』(スティーヴン・ハンター:著/扶桑社ミステリー)を読んだ。大好きなスワガー・サーガの1作である。

 まずは出版社の紹介文を引く。

(上巻)

海兵隊きっての狙撃手レイ・クルーズが密命を帯びアフガンに派遣された。彼の任務は駐留アメリカ軍の悩みの種であるザルジという男を始末することだった。西欧で高等教育を受けたザルジは人心の魅了者でありながら、タリバンアルカイダの協力者という複雑な背景を持っていた。クルーズは彼の本拠地へ向かうが、途中で正体不明の傭兵チームに襲われ同行した相棒を失う。何とか単身ザルジの邸に接近し狙撃の用意にかかったものの、そこでまた不測の事態に見舞われ……。

 

(下巻)

クルーズが消息を絶って半年後、親米派に豹変したザルジを高く評価したアメリカ政府は、彼を国賓としてワシントンに招待する。だがザルジの訪米直前にクルーズらしき人物から計画通り作戦行動を実行する旨の連絡が海兵隊に入る。国賓を守るためFBIとCIAは合同チームを結成、両機関の代表者としてニック・メンフィスとスーザン・オカダがボブ・リーを訪ねクルーズの捜索を要請した。クルーズの真意とは? FBIとCIAの目論みは? 傭兵チームの正体は? そしてボブはどう動くのか?

 

"DEAD ZERO"とは何か? ウェブ上の翻訳機能で調べてみたが、日本語に直してくれない。カタカナで「デッド ゼロ」と出てくるのみだ。ネット上の記事を探っていくと、やっと意味がわかった。「照準を調整して、狙った点と弾が当たった点が同じになった状態のこと」なのだとか。なるほど。ちなみに作中でその言葉が登場するのは、物語の一番最後のボブのセリフである。訳者公手氏はそれを「デッド・ゼロ」と表記し、「どまんなか」とルビを振っている。

 本書はいわゆるボブ・リー・スワガー・シリーズなのだが、その実、アフガンで活躍する海兵隊員スナイパーであるレイ・クルーズの活躍に焦点があたっている。現にボブ・リーは華々しい銃撃戦を繰り広げるには年老いてしまっている。いよいよシリーズも新たなヒーローに代替わりかと思っていたら、なんとなんとボブ・リー・スワガーとレイ・クルーズには血脈があった。つまり親子であったという驚きの事実が下巻で明かされる。そうなるとアール、ボブ、レイと親子三代の狙撃手の血筋ということになる。自民党世襲じゃあるまいし、親子三代海兵隊一族なのであった。まいったまいった。その三代目レイがまた出来すぎ。優秀すぎてかえっておもしろみがないほど。私としてはボブ・リーの活躍をもっと読みたい気がしている。

 現時点でシリーズ未読本は次のとおり。すべて購入していつでも読める状態にある。

  • ソフト・ターゲット SOFT TARGET 2011年 2012年 レイ・クルーズ・シリーズ
  • 第三の銃弾    The Third Bullet    2013年    2013年    ボブ・リー・スワガー・シリーズ
  • スナイパーの誇り    Sniper's Honor    2014年    2014年    ボブ・リー・スワガー・シリーズ 
  • Gマン 宿命の銃弾    G-Man    2017年    2017年    ボブ・リー・スワガー・シリーズ 
  • 狙撃手のゲーム    Game of Snipers    2019年    2019年 ボブ・リー・スワガー・シリーズ
  •  囚われのスナイパー    Targeted    2022年    2022年 ボブ・リー・スワガー・シリーズ
  • ダーティホワイトボーイズ    Dirty White Boys    1994年  1997年  シリーズの番外編的な作品

 さて次は何を読むべきかまようところ。やはり今の流れとしてレイ・クルーズが活躍する次作『ソフト・ターゲット ”SOFT TARGET”』を読むことにしようと思う。

 それにしても、この作品で既に年老いたボブ・リーが『第三の銃弾』以降の作品でどのような活躍を見せてくれるのか。ひょっとして時代を溯って若き日のボブ・リーの物語が描かれるのだろうか。興味はつきない。読んでみればわかることだ。