ヨウスイさんからお借りした一冊。池澤夏樹氏の紀行文である。全12編のエッセイだが、第1編「五島列島のミニ火山群」の書き出しを読めば、この本の良さ、文章のレベルの高さがわかる。以下、書き出しを引用すると
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長崎の西、海をへだてて数十キロあたりに溺れた山脈がある。
南西から北東へ、つまりは日本の本土とほぼ同じ方向に伸びたこの山脈は、標高こそせいぜい400メートルどまりと低いが、それでも延々と尾根を連ねて、長さは90キロに及ぶ。地図の上で東京に南端を置けば、北の端は宇都宮になる勘定だ。
溺れたというのは言いすぎかもしれない。実際の話、山容のほとんどは水面の上に出ている。裾野がほんの少し潮の毛布の下に隠れたというところ。温かい浅瀬に長々と伸びてうたた寝をしている竜の背中と言っておこうか。
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名文である。書き出しの一行で読者の興味をそそる。五島列島を簡潔且つ適切に紹介すると同時に列島の佇まいをビジュアルに、しかも詩的に表現するところなど心憎い文章だ。氏の実力のほどがうかがえる。
本書において氏は日本の東西南北の端々を観る。そして、尊厳を保ちながらそこにある自然を氏の独特な視線で描写している。名著である。
残念ながら、本書は絶版になっているようだ。ヨウスイさんに貸していただかなければこの本に出会うこともなかっただろう。多謝。
- 作者:池澤 夏樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1994/03
- メディア: 文庫