――昼は部屋の窓を展(ひら)いて盲人のようにそとの風景を凝視(みつ)める。夜は屋の外の物音や鉄瓶の音に聾者(ろうしゃ)のような耳を澄ます。
(本書p71 冬の日より)
『檸檬』(梶井基次郎/著・ハルキ文庫[280円文庫])を読みました。
冒頭引用したのは本書に収められた短編「冬の日」のなかの一文。己の裡(うち)に住み家をなくした空虚な魂をこのように表現できる作家を私は知らない。
私は「檸檬」という小説を知らず、梶井基次郎という作家を知らないばかりか、「檸檬」という漢字すら辞書なしには書けない。私が梶井氏を知ったのは、万城目学氏の小説『ホルモー六景』を読んでのこと。第三景として収められた「もっちゃん」は梶井氏をイメージして書かれているのである。そこには平成17年、丸善京都河原町店が閉店した日、フロアのあちこちに客がこっそり置いていった檸檬があったというエピソードが語られている。梶井氏は夭折した作家である。31歳の人生に幕を下ろしたのは昭和7年3月24日。故に3月24日は「檸檬忌」と呼ばれる。もう丸善河原町店は無い。私の住む兵庫県内にも丸善の書店は無いと思う。来年の3月24日には京都ラクエ四条烏丸3Fか岡山シンフォニービル地下1階に檸檬を持ってウロウロしている私がいるかもしれない。ちと気触れてしまったか。
表紙裏の紹介文を引きます。
肺を病み、憂鬱に心を潰されそうになりながら京都 の街を彷徨っていた私は、果物屋で目に留まったレ モンを買う。その冷たさと香りに幸福感を感じて 。代表作「檸檬」を はじめ、有名なフレーズ、 ”桜の樹の下には屍体が埋まっている”で始まる 「桜の樹の下には」、月夜の海岸で自分の影に途方 もなくリアリティを感じるあまり、自分と影との境 界が分 からなくなってしまう「Kの昇天」など、著 者独特の世界観と幻想的な美しさが響きあう名短篇 五篇を収録。
目次
檸檬
城のある町にて
Kの昇天 - あるいはKの溺死
冬の日
桜の樹の下には
<エッセイ 高田郁>