佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

せどり男爵数奇譚

  その人物は三十七、八で、口髭をたくわえ、中折帽にスネーク・ウッドのステッキを、いつも小脇に抱えていた。
  そして注文するのは、カクテル辞典にも掲載されていない、奇妙なカクテルだった。
  その名前は、『セドリー』。
  ジンとか、ウォッカ、あるいは焼酎と云った透明な酒を混合して、氷の上に注ぐ……という奇妙な配合である。
  だから他人には、客が水を飲んでいるとしか見えない。

                                            (本書P11より)

 


 『せどり男爵数奇譚』(梶山季之・著/ちくま文庫)を読みました。実は私、梶山季之氏を読むのは初めてです。しかし「梶山季之」の名はあるイメージとともに私の中に常にあった。「酒を愛し博打を愛し、若くして客死したカッコイイ男。激動の昭和を太く短く生きた男」というのがそれである。改めて梶山氏のことをウィキペディアで調べてみると凄い人だと言うことがわかる。週刊誌のトップ屋という言葉は梶山氏のためにあるといっても過言ではない。小説家としては経済小説推理小説、時代小説、ポルノ小説などなど何でもござれで、その多才ぶりには舌を巻く。

 

 さて、『せどり男爵数奇譚』です。まずは裏表紙の紹介文を引きます。


  せどり”(背取、競取)とは、古書業界の用語で、掘り出し物を探しては、安く買ったその本を他の古書店に高く転売することを業とする人を言う。せどり男爵こと笠井菊哉氏が出会う事件の数々。古書の世界に魅入られた人間たちを描く傑作ミステリー。


 

 物語は掘り出しものの古本を安く探しては別のところへ高く転売する仕事(せどり)を生業としている笠井菊哉という男が経験した数奇な事件を、文士である「私」が聞き出すというミステリー仕立ての連作短編小説になっている。登場するのは愛書家、書痴、書狂、ビブリオマニア、まあ何と呼ぼうと要は異常に古書に取り憑かれた人の織り成す物語だ。古書をテーマとした小説で私が好きなのはジョン・ダニングの書いた『死の蔵書』を初めとする古書コレクター刑事クリフ・シリーズとカルロス・ルイス・サフォンの名著『風の影』である。それぞれテイストは違うものの、この『せどり男爵数奇譚』はそれらに優るとも劣らない名著だと思う。古本に対する執着ぶりをこれほど味わい深い六編の物語に仕立て上げる梶山氏の才能は尋常ではない。梶山氏がもう少し長く生きていらっしゃったとしたら、いったいどのような小説を書かれたかと思うと氏の早世が悔やまれてならない。
 余談であるが、私は一時期、ジンをオン・ザ・ロックスで飲んでいた。せどり男爵のようにカクテル『セドリー』をカッコ良く飲んでみたいと思わないでもない。しかし、それはやめておこう。いかにも体に悪そうだ。梶山氏は確か肝硬変を患っていらっしゃったと聞いた。健康を気遣って酒を控えるような真似はしたくないけれど、破滅したいとも思わないので。