私には子供の頃おかしな癖があった。自己分析するならば、幸福な状態にはさらに幸福な状態を掛け合わせてそれを十全なものにしようという発想だったのだろうが、面白そうな本を手にすると必ずいそいそと食べ物を用意したのである。逆もまた真なり、でおみやげのケーキがあったりするとこれまたいそいそとお気に入りの本を準備した。
勿論、お行儀が悪いと母上に叱られなかった筈はないと思うが、何せ父の方が車の後ろに家族が乗っていると 《青になったらいうんだぞ》 とのたもうて、運転席で信号待ちの間にも本を読むような人だから、食べる間も惜しんでの読書という観点に立てば家風からいって、あまり文句もつかないのである。
(本書P17より)
まずは出版社の内容紹介を引きます。
●上橋菜穂子氏推薦――「日常が〈物語〉に変わる、その瞬間を鮮やかに浮かび上がらせた名品」
「私たちの日常にひそむささいだけれど不可思議な謎のなかに、貴重な人生の輝きや生きてゆくことの哀しみが隠されていることを教えてくれる」と宮部みゆきが絶賛する通り、これは本格推理の面白さと小説の醍醐味とがきわめて幸福な結婚をして生まれ出た作品である。異才・北村薫のデビュー作。
*第2位『このミステリーがすごい!'92』国内編
*第7位『もっとすごい!!このミステリーがすごい!』1988-2008年版ベスト・オブ・ベスト国内編
何気ない日常が、そこに潜む謎によって色合いを与えられるのだなぁ。人が死なないミステリは良い。誰にでもありそうな日常だけに、かえってリアリティーがあるから。ミステリとして秀逸なのは「赤頭巾」。たまたま歯医者の待合室で隣り合わせたおばさんとの会話で、子供の頃からほのかなあこがれを抱いていた女性の秘密と意外な一面があぶり出される。ちょっぴりビターなテイストの秀作です。翻って表題作「空飛ぶ馬」は温かみがあってすばらしい作品だ。クリスマスにもう一度読み返すのもよいだろう。クリスマスに「空飛ぶ馬」を読み、大晦日には落語「芝浜」を聴く。心温まる年の瀬になるに違いない。
(読書メモ)
本書を読むと話に登場する落語が聴きたくなる。
『夢の酒』
『樟脳玉』(しょうのうだま)
『百年目』 … 花見の季節にはちょうどいいかも
『強情灸』
本書を読むと話に登場する本が読みたくなる。
『読書好日』 … amazonで発注
この本を読むと更にこの本に登場する本が読みたくなるに違いない。
ああ、悪魔の連鎖。
本書に紹介された童話が収録されているかどうかはわからないけれど。
『幸福な王子』 … amazonで発注
娘を持つ父親の心を鷲づかみした一節。
《意志》について語ろう
父の心が本当にそれを許すまで、私は死んでも口紅をひきはしない。
(本書P244より)
あぁ、もう……、ええ娘やー