佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

美女と魔物のバッティングセンター

「みんなに幸せになってほしいんだよね」

 幸美嬢は、よくこの台詞を呟いた。

 一度、直球の質問をぶつけてみた。「でもあなたのしていることは、誰かを幸せにするために、他の誰かを陥れて不幸にしているのではないのですか」

「自転車のサドル理論よ」雪美嬢は鼻を膨らませ、言った。「あなたの自転車のサドルが盗まれました。さあ、どうしましょう」

 一体、何が言いたいのだ? 「わかりません」と正直に答えた。

「盗まれた人は、他の自転車からサドルを盗む。その盗まれた人も、さらに別の自転車のを盗む」

「・・・・・・繰り返しではないですか」

「正解」雪美嬢は目を細め、微笑んでいるのか泣きそうなのか、判別できない表情で言った。「そうやって、不幸は回っていくのよね」

                                   (本書P62より抜粋)

 

 『美女と魔物のバッティングセンター』(木下半太・著/幻冬舎文庫)を読みました。なんとヴァンパイアものである。吸血鬼と雪女と弁護士と貧乏神が登場します。主人公は自分を吾輩と呼ぶ吸血鬼である。そしてその職業はホストである。そして同時に劇団員で、おしゃれカフェの店長で、お抱え運転士である。雪女は元キャバ嬢で、現在は復讐屋さんで、そのうえ震えがくるほどの美女である。弁護士は同時に占い師であり元兵士でもああり催眠術の名手である。ただし、本人はそれをけっして催眠術と認めず「弁護」であると強弁している。貧乏神はドレッドヘアーのレゲエ男で破壊神である。新宿歌舞伎町にはいたるところに不幸が転がっている。そしてその不幸は自転車のサドル理論で回っている。ハチャメチャと混沌がいつかひとつの物語に収束する。そしてその結末には驚きが用意されており、不幸と同時に救いがあった。楽しみました。このところ、眉間にしわを寄せていた私だが、束の間、愁眉を開く思いでした。

 

 出版社の紹介文を引きます。


 

自分のことを「吾輩」と呼ぶ、金城武似のホスト・タケシは、実は吸血鬼。彼は、歌舞伎町のバッティングセンターで美女の復讐屋・雪美に会ってから、彼女の片棒を担がされている。二人のもとを、常識外れの依頼者が次々やってきては無理難題をふっかけていく。無欲で律義で人間臭い“吸血鬼”は、体当たりで使命を全うしよとするが…。


 

 

 それにしても、世の中ヴァンパイアが大人気。題名は忘れたが映画やテレビドラマにも大ヒットしたものがありました。私が最近読んだデビッド・ゴードン氏の小説『二流小説家』にも作中小説としてヴァンパイアを主人公とするストーリーが展開していた。この小説は2009年5月に刊行されたようだ。著者・木下半太氏はそうしたブームに敏感であったということだろう。軽薄ともとれるそうした著者の傾向も、劇団主宰者でもある木下氏であれば真骨頂といえるのではないか。ヴァンパイアといえばハヤカワ・ミステリのアレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う』が面白いらしい。最近ブームとなっているネオ・スチーム・パンクでもある。私も流行を追いかけてみようかと思う。