佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う

三百年前にオスマン帝国から直輸入したとおぼしき、内装に調和した深紅色の厚くて柔らかい絨毯、壁にずらりと並ぶ美しい絵画。古いものもあれば、最近、新聞のギャラリー案内欄で見かけた名前をサインした現代作家の作品もある。そして優美なマホガニー材の陳列ケースのなかに並ぶ美しい塑像の数々・・・・・・。クリーム色の大理石でできたローマの胸像。ラピラズリを埋めこんだエジプト神。花崗岩と縞瑪瑙でできた現代作品。角を曲がると、ぴかぴかに磨かれ、入念に手入れされた機械が塑像よろしく通路脇に飾ってあった。人類史上初の蒸気機関銀と金でできた一輪車。そして・・・・・・思わずアレクシアは息をのんだ。あれは機械工学者バベッジが発明した階差機関(デイフアレンス・エンジン)の模型じゃない? どれもしみひとつなく、鋭い目で選びぬかれた逸品で、ひとつひとつに重厚な威厳がただよっている。

                            (本書P99より)

 『 アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う』(ゲイル・キャリガー・著/川野靖子・訳/ハヤカワ文庫FT)を読みました。原題は『SOULLESS』。<魂なき者>(異界族の能力を消すことができる特別な者)と訳されている。そして異界族(supernatural)とはすなわち吸血鬼、人狼、ゴーストらを指す。ずいぶん前に夢枕獏氏の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』という小説を読んだことがあるのだが、長ったらしいタイトルが本書と共通している。これは空海遣唐使として密をもとめて唐に渡り大事件に巻き込まれるという中国歴史伝奇小説であった。時代は西暦800年代。そして本書はといえば、舞台は西暦1800年代ビクトリア王朝時代のイギリス倫敦。<魂なき者>という特殊能力を持つ貴婦人アレクシア・タボラッティが吸血鬼、人狼と丁々発止と渡り合う英国パラソル奇譚である。パラソル奇譚とはなにやら聞き慣れない言葉だがこちらをご参照いただきたい。

  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E5%9B%BD%E3%83%91%E3%83%A9%E3%82%BD%E3%83%AB%E5%A5%87%E8%AD%9A

 

 とにかく、西暦800年代の唐にあっては空海が鬼と宴(うたげ)しても何の不思議がないように、西暦1800年代の倫敦(ロンドン)にあっては貴婦人が狼男と×××をしても何の不思議もないのだ。それもビクトリア王朝時代のスチームパンクな街の雰囲気、ファッションを画として思い浮かべながら読むと、読み手の魂は幻想世界にぶっ飛びます。もう楽しくて仕方がありません。 

 それにしても主人公<魂なき者>アレクシア・タボラッティはなんと可愛い女性なのだろう。ダイエットなどとつまらぬことには無縁の健康的な女性。意志が強く決然とした茶色い目を持ち、科学者とも普通に知的な会話を楽しめる才女。男に媚びを売ることなど絶対にせず、異性に対するつんけんした態度とは裏腹に、その心のとろけ方たるや半端ではない。いわゆるツンデレの典型である。26歳にしてうぶなところがカワイイのだ。

 ハヤカワといえばSF、確かにこれはSFといえなくも無い。レーベルが「ハヤカワ文庫FT」となっているところから見ると出版社的には洋物ファンタジーという位置づけのようだ。しかしこれは紛うことなきロマンス。そう、これはスチームパンク・ロマンスだ。シリーズ5巻をすべて読み切るつもりです。読書メーターにアップされたレビューを読むと、第1巻の本書が一番つまらなく、第2巻以降もっともっと面白くなると言う。私は第1巻にしてすっかりこの小説に魅了された。このうえ第2巻、第3巻とどんどん面白くなるとすれば昇天しかねないではないか。あぁ、早く読みたい。が、しかし、ここは一つ間に二つばかり別の小説を挟んでみよう。そうすることでアレクシア女史への思慕の念を最高潮にまで高めるのだ。己を焦らして焦らして焦らし尽くすのだ。そう、この行為は真夏のゴルフ場でプレー中に水を飲まず、クラブハウスでジョッキの生ビールを一気に呷るのに似ている。そうすればアレクシア女史は第2巻で私を艶然と迎えてくれるに違いないのだ。うひひっ・・・・

 

最後に出版社の紹介文を引いておきましょう。


19世紀イギリス、人類が吸血鬼や人狼らと共存する変革と技術の時代。さる舞踏会の夜、われらが主人公アレクシア・タラボッティ嬢は偶然にも吸血鬼を刺殺してしまう。その特殊能力ゆえ、彼女は異界管理局の人狼捜査官マコン卿の取り調べを受けることに。しかしやがて事件は、はぐれ吸血鬼や人狼の連続失踪に結びつく――ヴィクトリア朝の歴史情緒とユーモアにみちた、新世紀のスチームパンク・ブームを導く冒険譚、第一弾