佐々陽太朗の日記

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火天の城

 番匠たちはいろいろだ。経験だけの差ではない。熟練工でも手の遅い者、早い者がいるし、人によって得意な仕事、不得手な仕事がある。熱心にやっている者がいれば、上の空で鋸を握っている者もいる。無口な男、冗談ばかり口にしている男、理詰めの男、直感の男、何も考えていない者、やる気はあっても鈍い者、怠けたがっている者、疲れている者、ごまかそうとしている者。いろんな男たちが集まって天主を建てているのだ。

 その当たり前のことに、持俊はあらためて気がついた。

 ―――木を組むのが番匠の仕事で、人を組むのが棟梁の仕事か。

                            (本書P324より)

 

火天の城』(山本兼一・著/文春文庫)を読みました。

 

火天の城 (文春文庫)

火天の城 (文春文庫)

  • 作者:山本 兼一
  • 発売日: 2007/06/08
  • メディア: 文庫
 

  

まずは出版社の紹介文を引きます。


信長の夢は、天下一の棟梁父子に託された。天に聳える五重の天主を建てよ! 巨大な安土城築城を命じられた岡部又右衛門と以俊は、無理難題を形にするため、前代未聞の大プロジェクトに挑む。信長の野望と大工の意地、情熱、創意工夫――すべてのみこんで完成した未曾有の建造物の真相に迫る松本清張賞受賞作。解説・秋山駿


 

安土城築城に生涯をかけた岡部又右衛門以言と以俊の物語であるが、その築城プロセスを通じて実は信長の人物像が浮き彫りになるという小説上の趣向が凝らしてある。ここに描かれているのは信長と安土城の滅びの美学です。天才として人智を超越した存在であった信長の姿は未曾有の巨城・安土城の姿とダブる。常人が常識とするものには実は嘘が多い。多くの者が固定観念として持っているものも、信長の目にはそこにある嘘が透けて見える。比叡山の焼き討ちなど、その際たるものだろう。作中に次のような会話がある。

 

比叡山を焼いたお屋形様のこと、神仏はお嫌いかと案じたのだ」

「神仏がお嫌いなのではありゃせんでや。神仏の名を騙って俗世の富をむさぼる生臭坊主がお嫌いなのだ」

 

信長には曇のない目で真理に至る純粋さがあったといえる。しかし、俗世は真理の指し示すとおりには動かない。それこそ真理が見えない有象無象の動きが世の中だからだ。逆に有象無象の世俗人からすれば信長の行為は理解を超えている。であればこそ、信長は一躍天下人となり、光秀に弑(しい)されたのではないか。

信長はその純粋さ(美しさ)によって滅び、滅ぶことによって永遠を獲得した。本能寺の変の直後に焼失してしまった幻の城・安土城も然りであろう。