佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『七度笑えば、恋の味』(古矢永塔子:著/小学館)

『七度笑えば、恋の味』(古矢永塔子:著/小学館)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を紹介します。

第1回「日本おいしい小説大賞」受賞作!

幸福な食卓」なんて、私にはきっと一生訪れない――――。 自分の容貌に強烈なコンプレックスを抱く28歳の日向桐子は、人目に触れぬよう外では常にマスクと眼鏡を身につけて暮らしている。勤務先である、「優しい料理」のサービスに力を入れる単身高齢者向けマンション『みぎわ荘』でも、職場の人間関係をうまく築くことができない。もう辞めよう、そう思っていた桐子の前に現れたのは、『みぎわ荘』最上階の住人で、72歳の不良老人・匙田譲治だった。小粋な江戸弁で話す匙田に連れてこられた「居酒屋やぶへび」で、大雑把ながら手際よくつくられた温かい料理と、悩み多き人生を懸命に生きる心優しい人々との対話を通じ、桐子の心は少しずつほぐされてゆき……。

44歳差の恋、はじまる!? おいしい料理シーンが散りばめれられた、心温まる恋味小説! 本当の自分でいられる場所を見失っているあなたへ。温かくてほっと安らぐ、極上の「おいしい小説」はいかがですか?

 

七度笑えば、恋の味

七度笑えば、恋の味

 

 

 

 二度読み返しました。
 一度目はやはり物語の筋に気をとられる。そこでキラリと光るのは主人公が頑なにマスクで顔を隠し続ける理由。このミスリードにまずは「やられた!」と悔し紛れのおどろきを感じる。そして物語が佳境を迎えるに従って「44歳差の恋」というものがかたちになっていくおどろき。あれ? いや、まさかな。 いやいや、これはやはりそうか? いや、ありえねぇ。 ところがどっこい。 おいおい、まさか。 あぁ、やっちゃったよ。 という力業におどろく。これまた「やられた!!」って感じです。
 二度目は当然のことながら物語の筋が分かっており、それは二の次である。「おいしい小説大賞」たる由縁、つまり味、料理に対する表現に注目しながら読む。そうすると、著者・古矢永さんが食べること(ひょっとして料理すること)に相当通じていることがうかがい知れる。たとえば第一話の書き出し「仕上げにひと振りしたスパイスで、スープの味が台無しになってしまうことがある」という一節など、いくらか料理の腕に覚えのある者ならポンと膝を打つだろう。同じく第一話で匙田が粕汁を作りかけたが、子どもが粕汁を嫌いだと分かって洋風のミルクスープに仕立て上げる場面。匙田が食材を鮮やかな手際で調理していく様といい、でき上がったミルクスープの温かさと滋味の表現といい相当な手練れである。
 もう一点、私が気に入ったのは祥太郎君のエピソードである。男の子は憧れの女性ができることで男になる。その女性にふさわしい男でありたいと思うのだ。少年のそんな心持ちがよい感じに描けています。
 食べることが大好きな者として、素人ながら少しは料理をする者として存分に楽しませていただきました。欲を言えば、酒についても少し書いていただきたかった。古矢永さんのご出身の青森県にも、今お住まいの高知にも良い酒があるのだから。次作を楽しみに待つ。