佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『黛家の兄弟』(砂原浩太朗:著/講談社)

2023/07/01

『黛家の兄弟』(砂原浩太朗:著/講談社)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

第35回山本周五郎賞受賞作!

第165回直木賞、第34回山本周五郎賞候補『高瀬庄左衛門御留書』の砂原浩太朗が描く、陥穽あり、乱刃あり、青春ありの躍動感溢れる時代小説。

道は違えど、思いはひとつ。
政争の嵐の中、三兄弟の絆が試される。

『高瀬庄左衛門御留書』の泰然たる感動から一転、今度は17歳の武士が主人公。
神山藩で代々筆頭家老の黛家。三男の新三郎は、兄たちとは付かず離れず、道場仲間の圭蔵と穏やかな青春の日々を過ごしている。しかし人生の転機を迎え、大目付を務める黒沢家に婿入りし、政務を学び始めていた。そんな中、黛家の未来を揺るがす大事件が起こる。その理不尽な顛末に、三兄弟は翻弄されていく。

令和の時代小説の新潮流「神山藩シリーズ」第二弾!

~「神山藩シリーズ」とは~
架空の藩「神山藩」を舞台とした砂原浩太朗の時代小説シリーズ。それぞれ主人公も年代も違うので続き物ではないが、統一された世界観で物語が紡がれる。

 

 

「神山藩シリーズ」第二弾である。シリーズの始まりである『高瀬庄左衛門御留書』を先日読み、砂原氏の書きぶりに惚れ込んだ。熱く激しい心を書きつつ、あくまで静謐さを失わず抑えた筆致は本作においても健在である。期待に違わぬ、元い、期待を上回るよき小説にござった。

 藩内の政争と兄弟の絆が物語の本筋ながら、主人公・黛新三郎と黛家に五年間女中奉公し新三郎の世話をしたみやとの縁(えにし)もまた読みどころ。

「だいじょうぶです―――みやが、ぜんぶ教えてさしあげます」

 ことばとは裏腹に、女の声も震えていた。応えるまえに小ぶりな唇が近づき、新三郎の口をふさぐ。頭の芯が痺れ、むさぼるように吸いかえした。

                        (本書P42より引用)

 これは新三郎が黒沢家から請われ養子にいくことが決まった後、みやが黛家から暇をいただく日の前夜のちぎりの場面である。この後みやの消息は杳としてしれなかったが、のちに思わぬ邂逅を果たす。おっ、これはっ! と私は些か鼻息荒く読みすすめたが、この二人はそうそう安きに流れないのである。どちらかがあと一歩にじり寄ればなるようになっていた。それほどお互いの思いは強い。しかしどちらもがやせ我慢する。このあたりが良い。今時はだれも彼もが愛だの恋だのとかしましい。他人の目もはばからず二股、三股、不倫も何のそのと見苦しい恋愛至上主義が蔓延っている。盛りのついた猫じゃあるまいし、分別をわきまえぬ輩が目に余る。それにひきかえ砂原氏の描く心根の気高さ、美しさたるや・・・私の心は震えました。やせ我慢上等! 私は砂原氏の小説をハードボイルド時代小説と呼ばせていただこう。

 さて「神山藩シリーズ」二作を読んで、すっかり砂原浩太朗ファンになったのであるが、シリーズ第三弾の発売までもう少し。図書館で借りようとすれば、けっこう順番待ちしなければなるまい。その前に直木賞選考において『高瀬庄左衛門御留書』を下し受賞に輝いた『星落ちて、なお』(澤田 瞳子:著 / 文藝春秋 )を読んでみようと思っている。あれほどすばらしい 『高瀬庄左衛門御留書』を抑えた作品となれば弥が上にも期待が高まる。

 

 

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