佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

東南アジア四次元日記

 旅に出るため、先日、会社を辞めた。
 その会社には大学を卒業してから十年近く勤めていた。十年である。気の遠くなるような年月だ。事実、私は仕事中によく気が遠くなって、会議室で休んだり、近くの喫茶店でコーヒーを飲んだりしたものだ。映画館で映画を観ていたこともあった。言っておくが、サボっていたのではない。そのぐらい仕事を幅広くとらえていたのである。その証拠に、もしそのまま勤めていれば、五年後ぐらいには青年管理職となり、やがては次期社長、それも凄腕経営者として日本経済界に君臨、ゴーストライターを使って自伝『超・前向き』を出すという出世コースが約束されていたのだが、残念ながら約束した相手が誰だったか忘れてしまった。どこかの占い師だったような気もする。
                                        (本書P20"はじめに"より抜粋)

 


 最近、ある女性と東南アジアの魅力について話したことがある。彼女は若い頃、東南アジアをバックパッカーとして旅したことがあるそうだ。今でも若く見える彼女だが、当時(成人して間もなくの頃?)、外国に出かけると15歳ぐらいに見られたそうである。今でも実際のお歳より10歳は若く見えるのでさもありなんと思う。彼女が若く見えるのは見かけによるだけでなく、彼女の自由な心によるところもあるのではないだろうか。彼女は初めてであったときから心の垣根が無かった。大人であれば誰でも警戒心があるだろうと思うのだが、彼女はそれを感じさせない。まるで以前から知り合いだったかのようにフレンドリーに接してくる。それは生来のものもあるのかもしれないが、若い頃に言葉も通じない未知の土地を歩いた経験から来るものでもあるのだろう。なんというかその人の氏素性を知ってから付き合うのではなく、何も知らないところから始められる「クソ度胸」のようなもの、そうしたものを彼女は持っている気がする。ちなみに彼女はあるイベントを主催している。そのイベントも始めるときには結構むずかしい問題や越えなければならないハードルがあったはずだ。普通の人はその問題や越えるべきハードルの高さに尻込みしたにちがいない。しかし、彼女は言った。「知らないからできるんです。始める前から、あれこれ知ってしまうと飛び込めない」と。

 

 前置きが長くなった。『東南アジア四次元日記』(宮田珠己・著/文春文庫+PLUS)を読み終えました。栄えある第3回酒飲み書店員大賞受賞作である。私が読んだ”文春文庫+PLUS”刊はどうやら廃刊になっているが、昨年7月に幻冬舎文庫で復刊されているようだ。

 

 裏表紙の紹介文を引きます。


「旅行をしまくりたい」と会社を辞めてしまった謎の元サラリーマン。念願かなって、期間未定、アジアの国境を陸路で超えゆく旅に出発。変なものを探して考察しながら各国をさまよう。ミャンマーでオカマに熱烈に歓迎されようが、ラオスの山奥で日本人代表として恥をかこうが、全力リラックスで進むべし。既存のかっこいい旅行記とはちょっとちがう爆笑珍紀行。


 

 会社を辞めて旅に出た。旅行記としてはありがちな本である。ただし、旅に出るために実際に会社を辞めてしまう人がそうそうあるとは思わない。少なくとも謹厳実直を画に描いたような私には、逆立ちしてもムリ。七回生まれ変わって、ひょっとしたら……というほどのものである。

 

 エッセイに取り上げられているのは、例えば素晴らしい景色やその地の深い文化などではなく、下らないもの、意味の無いもの、摩訶不思議なもの、要はよく解らないものばかりである。宮田氏はどうやらそのようなわけのわからないものに異様に惹きつけられる人のようだ。本のタイトルにも使われている「四次元」という言葉であるが、宮田氏はよく判らない状況を四次元的と表現しているようだ。確かに四次元はよく解らない。私が住んでいるこの世界は三次元の立体空間である。その私の影は二次元の平面として映る。ということは、もし私が四次元的人間であれば、私の影は三次元の立体として映ることになるのか。三次元の影とはいったいどのようなものなのか? よく解らないのである。

 話が脱線してしまった。この本のことに話を戻す。全体に独特のユーモアをちりばめてあり、読む者を楽しませてくれる。独特のユーモアのある紀行エッセイといえば真っ先に椎名誠氏が思い浮かぶ。宮田氏はおそらく椎名氏の旅ものを読んでいる。それもかなり読み込んでいると感じる。しかし、椎名氏とはまたユーモアの質が違う。どちらが面白いかを比べてもしようがないが、私は椎名氏に一票を差し上げたい。と言っても、世代的に椎名氏に近いからそう感じるのかもしれないが。

 本を読んでいて一点、宮田氏が真実に迫ったと思われるところがある。その真実とは「人間は基本的に、さまよったりうろうろしたい生き物なのではないか」ということ。人間は判らないことを楽しむ、よく判らない生き物だということ。

 どうやら東南アジアは人にさまよう楽しさを味わわせる奇妙奇天烈摩訶不思議四次元的空間らしい。一度、その地を訪れた者は、その魅力に絡め取られてしまいそうだ。

 

【酒飲み書店員大賞受賞作】

第1回『ワセダ三畳青春記』高野秀行集英社文庫)    既読
    http://hyocom.jp/blog/blog.php?key=178672
第2回『笑う招き猫』山本幸久集英社文庫)       既読
    http://hyocom.jp/blog/blog.php?key=178706
第3回『東南アジア四次元日記』宮田珠己(文春文庫+PLUS)既読
第4回『ファイティング寿限無立川談四楼ちくま文庫) 未読
第5回『太陽がイッパイいっぱい』三羽省吾(文春文庫)  既読
    http://hyocom.jp/blog/blog.php?key=176749
第6回『月読』太田忠司(文春文庫)           未読
第7回『アフリカにょろり旅』青山潤(講談社)      未読
 同 『俺たちの宝島』渡辺球講談社)         未読