佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

二流小説家

『二流小説家』(デイヴィッド・ゴードン・著/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)を読みました。

 

 

裏表紙のの紹介文を引きます。


ハリーは冴えない中年作家。シリーズ物のミステリ、SF、ヴァンパイア小説の執筆で何とか食いつないできたが、ガールフレンドには愛想を尽かされ、家庭教師をしている女子高生からも小馬鹿にされる始末。だがそんなハリーに大逆転のチャンスが。かつてニューヨークを震撼させた連続殺人鬼より告白本の執筆を依頼されたのだ。ベストセラー作家になり周囲を見返すために、殺人鬼が服役中の刑務所に面会に向かうのだが……。ポケミスの新時代を担う技巧派作家の登場! アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補作


 

 読み始めてはたと作者名を再確認した。デイヴィッド・ゴードンとある。デイヴィッド・ハンドラーではない。この小説、私が一時期はまっていたデイヴィッド・ハンドラーのホーギー・シリーズにテイストが似ているのだ。ホーギーはベストセラーこそ出したことがあるものの、その後は鳴かず飛ばずの売れない小説家で、現在は有名人のゴースト・ライターとして生計を立てている小説家です。一方、本書の主人公ハリー・ブロックも売れない小説家。ちょっと頼りなく、頭は良いけどそれをひけらかさない凡庸さ、決して強くはないけどちょっとした勇気はあるという憎めないタイプ。読者はそんな主人公をいつの間にか応援しているという具合なのだ。また、ハリーのパートナーとして登場するクレアが可愛い。ハリーはクレアの家庭教師をしているのだが、いつの間にかクレアがハリーのマネージャーをしているという状態。しっかり者のクレアは、おそらくはハリーの頼りないところが放っておけない。才能はあるのに世渡り下手で欲もないというハリーが気になり、それがほのかな恋心に変化しつつあるという状態。本編では、二人の間に男と女としての進展はなかったが(クレアが女子高生なので当たり前だが)、ハリーのお母さんが死に際に遺した「あと数年待って、クレアと結婚しなさい」の言葉どおりになるのかならないのかを知りたい。そのためにはデイヴィッド・ゴードン氏に続編を書いていただかねばならない。宜しくお願いします。
 本書の題名は『二流小説家』だ。そして、この小説の大きな魅力がメイン・ストーリーの他に作中に主人公ハリーが手がけている小説三作がサブ・ストーリー的に差し込まれているところです。つまり、読者はこの小説一冊を読むことで、小説を四作読むことができる趣向になっています。サブ・ストーリーその一は『惑星ゾーグ--さまよえる愛奴船』。セクサロイドが登場するソフトコアのポルノSF。サブ・ストーリーその二は『四十二番街の裏切り』。これはネイティブ・アメリカンの血をひく混血のユダヤ系黒人の私立探偵を主人公にしたハードボイルド小説だ。サブ・ストーリーその三は『真紅の闇が迫る』、今アメリカでブームだというヴァンパイアものである。この三作がまた楽しい。いかにも二流小説家が書きそうな馬鹿馬鹿しいお話なのですが、二流小説家が書きそうな小説をこともなく書いてしまうあたりにデイヴィッド・ゴードン氏の実力のほどがうかがえる。デイヴィッド・ゴードン氏は一流小説家だ。間違いない。
 こミステリ・サスペンスとしてのメイン・ストーリーの質の高さや、三つのサブ・ストーリーの楽しみもさることながら、この小説の最大の魅力は作中にちりばめられた人生論、小説論、犯罪心理論です。ミステリとして冗長に過ぎるとの見方もありそうだが、作中、魅力的な登場人物が語ってくれる蘊蓄がたまらない。そう、活字中毒者にはたまらない小説なのだ。本筋は大したことがないにもかかわらず「このミステリーがすごい! 2012年版 海外編(宝島社)」、「週刊文春ミステリーベスト10 2011年 海外部門」、「ミステリが読みたい! 2012年版 海外編」でそれぞれ第一位に輝いたのは、おそらくは活字中毒者の熱烈な支持の為せるワザなのだろう。