佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『楽園のカンヴァス』(原田マハ・著/新潮社)

 パブロはあの暗闇のような瞳をじっとヤドヴィガに向けていましたが、

「あんたルソーと付き合ってるのか」

 ふいに言いました。まったく、この男は、いつも突拍子もないことを言い出します。ヤドヴィガは声を立てて笑いました。

「ご冗談でしょ。誰が、あんな貧乏臭い男と・・・・・・」

「そうかな」とパブロは、鋭い目にかすかな笑みを宿して言いました。

「本気であの人の女神になってやれよ。それであんたは、永遠を生きればいい」

                            (本書P194-P195より)

 

『楽園のカンヴァス』(原田マハ:著/新潮社)を読みました。

 

まずは出版社の紹介文を引きます。


ニューヨーク近代美術館(MoMA)の学芸員ティム・ブラウンは、スイスの大邸宅でありえない絵を目にしていた。ルソーの名作『夢』とほとんど同じ構図、同じタッチ。持ち主の富豪は真贋を正しく判定した者に作品を譲ると告げる。好敵手(ライバル)は日本人研究者、早川織絵。リミットは七日間――。カンヴァスに塗り籠められた真実に迫る渾身の長編!

 

楽園のカンヴァス (新潮文庫)

楽園のカンヴァス (新潮文庫)

  • 作者:原田 マハ
  • 発売日: 2014/06/27
  • メディア: 文庫
 

 


 

 第25回・山本周五郎賞受賞作です。いいです。今年のNo.1はこれに決定といってもいいと思います。絵画鑑定ミステリです。『ダヴィンチ・コード』に趣が似ています。物語の導入部は倉敷の大原美術館大原美術館が所蔵するエル・グレコの「受胎告知」を題材に、それを美術館が手に入れたいきさつにふれる場面がある。早速調べてみた。エピソードについてはこちらを参照。

  http://www.ohara.or.jp/201001/jp/C/C3a03.html

 画を見る時、その画にまつわるエピソード、それは伝説といってもよいだろうが、そうしたひとつの物語がその画に対する興味を抱かせ、味わいを増すということがある。

 画は画家によって描かれる。画家を突き動かすのはPASSION/情熱。そしてその情熱はひとつの物語を紡ぐ。画にまつわる物語は描き手だけが知る物語として、カンヴァスに封じ込められる。幾重もの絵の具に塗り込められるのだ。しかし、封じ込められないほどのPASSION/情熱は時として人に知られ、語り継がれ、やがて伝説となる。そのとき画は永遠の命を獲得する。ヤドヴィガはルソーのPASSION/情熱によって「永遠を生きる」ことになった。それはとても素敵なことだ。人は永遠に恋いこがれて生き、永遠を獲得するために死んでいくのかもしれない。

 本書の評価は二とおりに分かれる。本書に対し批判的な意見を持つ読者はおおむね二とおり。一つはルソーの画が嫌い、あるいは、ルソーの画に全く価値を認めない人。これは実際のルソーの画が遠近法や明暗法を無視した描き方で稚拙で見る者を落ち着かなくさせるからだろう。もう一つは、本小説の作り込みがさっぱりしていて、雑だとか浅いなどとする向き。画の真贋を評価するための7日間、一日一章ずつ物語を読んでいくわけだが、そうする必然性が無いなどといった批判がある。しかし、小説に必然性など求める必要もないのだ。この小説の肝は作者不明のまま読まれるルソーとヤドヴィガの物語だ。これを一気に読ませてしまうと小説としておもしろみが半減するだろう。一日過ぎるごとに少しずつ謎が解けてゆき、次はどうなるのか、早く読みたいとわくわくさせるという手法は悪くない。というより、この小説はそうすることで読者の興味を増幅させ、続きが気になってわくわくするという連続ドラマを楽しむような趣を小説に与えている。

  余談ながら、MoMAの中にあるレストラン“The Modern”はどんな名所よりもニューヨークらしさを満喫できるところだと聞く。ガラスの向こうに彫刻庭園、四季折々の緑と空、そして谷口吉生フィリップ・ジョンソンエドワード・D・ストーンの手になる建築を眺めながら味わう美食。一度は行ってみたいところだ。と、言っても、すぐにニューヨークに行くわけにも行かないので、とりあえずこの秋は倉敷に出かけ、大原美術館でルソーとグレコを鑑賞しようかと思う。