佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

恋なんて贅沢が私に落ちてくるのだろうか?

 その点、姥貝は違った。姥貝は、会えないことに伴うメリーさんを連れてこなかった。会ってしまえば気が晴れた。でも、別れたあとは一ミリたりとも気にならなかった。頭の片隅には姥貝はいつもいるのだが、青子の脳みそで留まっていてくれた。心のほうにまで浸食してこなかった。歓喜することもなければ悲嘆することもない。期待する、される、の煩わしさを発生させない。それはひと言でいうと青子にとって「ちょうどいい塩梅」という言葉でくくられるものだった。保温機能のある風呂釜に、三十七度のお湯でずっと浸かっているような気分だ。それはもっと言えば「B」であり、「腹八分目」であり、「夜の八時半」であり、「秋」であり、「塩・コショウ、適量」であり、「週休二日」であった。
 ちょうどいい塩梅、というのはそういうふうなことだった。
                                 (本書P65より抜粋)

 

 

『恋なんて贅沢が私に落ちてくるのだろうか?』(中居真麻/著・宝島社)を読みました。

 

 

 

昨年11月、風羅堂という古本屋に行った時に買い求め、サインをしてもらった本です。(新品で買いました。著者の中居真麻さんは、その書肆で仕事をしていらっしゃいます) 

 

 

 

このところ、短篇小説や小説以外の本、コミックばかり読んでいたので、そろそろ小説らしい小説を読もうかと本棚の積読本の中から手に取ったものです。ちなみに、この小説は第6回「日本ラブストーリー大賞」受賞作です。

 

本のオビに選考委員のコメントが抜き書きしてあるので紹介しましょう。


柴門ふみ氏(漫画家)
20代後半女性の、恋にも仕事にも”高望みしているわけでもないのにうまくいかない”日常が、リアルかつユーモラスに描かれている。文句なしの大賞です。


石田衣良氏(作家)
ヒロイン青子の平凡な生活と冴えない恋愛だけでこれだけ読ませるのだから、この作者の筆力は確かである。

 

大森美香氏(脚本家)
展開に予定調和なところがなく、圧倒的に魅力的な作品


瀧井朝世氏(ライター)
恋愛にも仕事にも不器用で、ちょっとイタイ主人公の青子ちゃんがチャーミング



中居氏の小説を読むのは「ハナビ」に続いて二作目です。前作に比べて数段上を行く出来だと思います。私は男ですから女心の機微は判りません。でも、主人公・青子の気持ち、痛みを少しは判ったと感じます。そう、それはなにやら胸のあたりが痛くなるような切ない気持です。容姿は十人並みかもしれない。女としてのセクシーさにはややもの足りないところがあるかもしれない。しかし、青子には真心があります。大人として生きていれば、まして三十歳手前にもなれば、いつまでも無垢なままではいられない。でも、青子さんはとってもキレイなところのある女(ひと)です。なかなか素敵な小説でした。
余談ですが、この小説が第6回「日本ラブストーリー大賞」受賞作だということで、ついつい青子の恋愛に目がいきがちですが、この小説には恋愛の他にもう一つ読者の目を惹きつける要素があります。それは「お仕事」です。若い独身女性の24歳から29歳までのなかなか成就しない恋愛について書かれた小説ではあるのですが、決して恋愛のモヤモヤばかりが書かれているのではなく、夢を持ち、仕事のチームの中でみんなの役に立とうと真摯に努力する主人公の姿が描かれています。そう、この小説は「恋愛小説」であると同時に「お仕事小説」でもあるのです。そういえば前作「ハナビ」を読んだ時に、作者・中居氏のカタカナの使い方をみて、ひょっとして川上弘美氏の小説がお好きなのかなと思った記憶があるのですが、本書を読んだ印象は、ひょっとして山本幸久氏がお好きですか? といったものでした。そのあたりは今度、風羅堂に行った時に中居氏ご本人に尋ねてみたいと思います。