佐々陽太朗の日記

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『誰か ”Somebody"』(宮部みゆき:著/文春文庫)

2021/08/15

『誰か ”Somebody"』(宮部みゆき:著/文春文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

 菜穂子と結婚する条件として、義父であり財界の要人である今多コンツェルン会長の今多嘉親の命で、コンツェルンの広報室に勤めることになった杉村三郎。その義父の運転手だった梶田信夫が、暴走する自転車に撥ねられて死亡した。葬儀が終わってしばらくしてから、三郎は梶田の娘たちの相談を受ける。亡き父についての本を書きたいという姉妹の思いにほだされ、一見普通な梶田の人生をたどり始めた彼の前に、意外な情景が広がり始める――。稀代のストーリーテラーが丁寧に紡ぎだした、心揺るがすミステリー。テレビドラマ化でも話題となった人気の杉村三郎シリーズ第一弾。

 宮部作品では強烈な「引き」を持つ謎が冒頭に呈示されることが多い。不思議なことに、その謎は成長するのだ。これは話が逆でしょう。通常のミステリーの場合、謎は解明されるにしたがって小さくなっていくものである。どんな魅力を誇っていた謎も、要素に分解され、構造を分析されれば謎とは呼べないものに変わる。最後に残るのは、きわめて即物的な個人の事情です。しかし宮部作品は違う。いつまで経っても謎の魅力が褪せないのである。なぜならば、物語が進行するにつれて、謎に未知の側面があることがわかり、ますますその神秘性が深まっていくからだ。
(杉江松恋「解説」より)

 

 

 

 上記紹介文にあるように「杉村三郎シリーズ」第1弾である。一週間ばかり前に『昨日がなければ明日もない』をシリーズものだとは知らずに読み、それがものすごく好みのミステリだったので、シリーズ第1弾からきちんと追おうと決めたのだ。同時に宮部みゆき氏が杉村三郎を主人公にした一連の作品を書くきっかけとなったマイクル・Z・リューインの「アルバート・サムスン・シリーズ」も併せて読んでいこうと思っている。「アルバート・サムスン・シリーズ」については既に2012年8月に『A型の女』を、同年12月に『死の演出者』を、そして2014年7月に『内なる敵』を読んでいたので、その次作『沈黙のセールスマン』を5日前に読んだところだ。

 シリーズ第5弾『昨日がなければ明日もない』で杉村三郎は探偵業を営んでいた。しかしシリーズ第1弾たる本作を読むと、彼は今多コンツェルンの会長の娘・菜穂子と結婚し、それを機にコンツェルンの広報室に勤めている。しかも『昨日がなければ明日もない』では三郎は菜穂子と離婚していたはず。本作では仲睦まじく夫婦生活を送っており、些かのすれ違いもないようなので、なにがどうなって別れることになってしまったのか非常に気になるところ。しかしそれもシリーズを順を追って読んでいけばいずれ明らかになることだ。

 本作では会社勤めの身分でありながら、事故で死亡した会長車運転手・梶田信夫の死亡時のいきさつとさらには梶田信夫の過去を調査する。梶田信夫の娘たちが事故の真相を解明するために父の生涯を本にまとめて出版したいと考え、それを今多コンツェルン会長の今多嘉親に相談したことから、三郎に娘たちの出版を援助するようにとの命を会長から受けたのだ。三郎の前職が出版社の編集者であったからである。三郎は探偵がするような調査は初めてのことだったが、コツコツと調査を進めていく。そうした中で、関係者の誰もが知らなかった事実が少しずつ明らかになっていき、最初は底の知れたものと感じていた謎がいつの間にやら違う側面を持ち始め、最後に見えた意外な事実に驚かされると同時にイヤーな気持ちにさせられる。人には美しい面とイヤな面、両面があることを読者は改めて思い知らされるのだ。「こんなことなら知りたくなかったかも・・・でも知ってしまった」との思い。まさにイヤミスの極致と言える。

 次作『名もなき毒』を読みたい。早く読みたいのはやまやまだが、先にアルバート・サムスン・シリーズ第5弾『消えた女』を読むこととしよう。こうして杉村三郎シリーズとアルバート・サムスン・シリーズを併せて読んでいくと杉田比呂美氏のカバーイラストが素敵なことに気づかされる。そういえば若竹七海氏の葉村晶シリーズも杉田比呂美氏のカバーイラストではなかったか。全巻ある方に差し上げたのでもう手元にないが、確かそうだったはず。