佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『再会 慶次郎縁側日記』(北原亞以子:著/新潮文庫)

2023/09/06

『再会 慶次郎縁側日記』(北原亞以子:著/新潮文庫)を読んだ。

 まずは出版社の紹介文を引く。

誰にでも、忘れられぬ人がいる。思い出し、心乱れることがある――。十数年ぶりで、昔の女に出会った岡っ引の辰吉。「亭主と別れたい。でなけりゃ死んでしまいたい」。すがる女に、つい手を貸したのが運のツキ。“再会”の甘い感傷は一転、とんだ事件に巻き込まれ……。女の亭主と岡っ引に追われる辰吉の窮地を救うは、むろん我らが慶次郎。円熟の筆致が冴える人気シリーズ第二弾!

 

 

 女は恐い。幸いなことに私はこれまでの人生の中で直にそれを実感するような体験をしたことがない。そういう意味ではおだやかに恙無い人生を送ってきたといえる。逆にいえば平坦で薄っぺらな人生であったかもしれない。一度ぐらいは女がらみで窮地に陥り、震え上がるような経験をした方が人生としてはおもしろいのかもしれない。本書の主人公・森口慶次郎にも一度は危ういことがあったようである。しかし慶次郎は落とし穴、あるいは泥沼にはまることは無かったようだ。たまたま運が良かっただけかもしれない。しかし運だけで語れないだろう。慶次郎ほどの器量であれば、近づいてくる女も数多である。女難に遭わなかったのはおそらく慶次郎の持つ規範ゆえではなかったろうか。巻末に俳優の寺田農氏が本書に寄せた文章がある。寺田氏は「慶次郎シリーズ」を優れたハードボイルド小説だとし、登場人物はそれぞれが哲学を持っているという。私はそれを規範と捉える。そしてハードボイルドの規範とはわかりやすく言えばやせ我慢だ。己に易きに流れることを許さないという矜持であろう。

 本書では岡っ引きの辰吉や吉次の昔の女がらみの話がおもしろい。それぞれほろ苦く、早くどこかの縄暖簾に飛び込んで前後不覚になるまで酔ってしまいたいと思うような話である。人それぞれにそうした秘話はあるだろう。それこそ味わい深い人生ではないか。ここまで読んできて、私の今後の楽しみは森口家の養子、慶次郎の義理の息子である晃之助の活躍である。晃之助は一点の曇りもないほどの出来の良い婿だ。切れ者の定廻り同心でもある。活躍の場面はいくらもあろう。しかし北原さんなら、この晃之助に女難を与えそうな気がする。この予想が当たるかどうか、それを密かな楽しみとして、シリーズ続編を読みたい。