佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

楽隊のうさぎ

 やわらかなホルンのファンファーレが響き渡った。金管楽器がその穏やかなファンファーレをきらびやかに包み込む。

 克久は恐怖と沈黙が結合した暗闇の中から不意に自分が立ち上がるのを感じた。そこにいるのは五十人の仲間の努力を全身で引き受けようとする孤独な少年だった。沈黙と結合した恐怖の中では、彼は孤独ですらなかった。ベンちゃんの破顔一笑が彼に孤独でいることの勇気を与えたのだ。

 ほんの数分間の、彼の心の中での出来事は幻ではない。音楽は演奏を終えてしまえば消えてしまうものであるし、音楽があったからと言って世の中の何かが変わるというものでもないけれど、一人の人間を確実に変える力はある。

                                               (本書P323より)

 

『楽隊のうさぎ』(中沢けい・著/新潮文庫)を読みました。

 

 

まずは裏表紙の紹介文を引きます。


 

「君、吹奏楽部に入らないか?」「エ、スイソウガク!?」―学校にいる時間をなるべく短くしたい、引っ込み思案の中学生・克久は、入学後、ブラスバンドに入部する。先輩や友人、教師に囲まれ、全国大会を目指す毎日。少年期の多感な時期に、戸惑いながらも音楽に夢中になる克久。やがて大会の日を迎え…。忘れてませんか、伸び盛りの輝きを。親と子へエールを送る感動の物語。


 

 

 私はブラバンどころか楽器すらやったことがない。もちろん音楽の時間にハーモニカやトライアングルを触る程度のことはあった。しかし私にも「思春期に少年から大人に変わる~♪」といった経験はある。男の子はいろいろな場面に男を試される。理不尽な攻撃にさらされたり、自分の力を超えているのではないかと思うような舞台に立つことを選んだとき、まさにキンタマが縮みあがるような思いをするのだ。それを乗り越えようとするのか、はたまたシッポを巻いて逃げるのか、大人のありようはそこで決まる。この小説は男の子の成長の物語です。「シバの女王ベルキス」に挑んだ大団円の何と素晴らしいことか。ブラボォ!!

 余談ながら、本書についてもう少し書かせていただく。物語としては前述のように素晴らしいのだが、中沢氏の描く少年の心には若干の違和感がある。このあたりは、やはり女性作家が少年を描くことに限界があるのかもしれない。加えて、中沢氏の文章がひっかかる。なんと言えばいいのか、安定しない落ち着きのない文章なのだ。これは未だ自我を確立していない少年を主人公にしているためにわざとそういう書き方をしていらっしゃるのかもしれない。それが中沢氏の文章の癖なのか、この小説に限った意図的なものなのか他の小説を読んでみないことには判らない。