佐々陽太朗の日記

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『国商 最後のフィクサー葛西敬之』(森功:著/講談社)

2023/04/17

『国商 最後のフィクサー葛西敬之』(森功:著/講談社)を読んだ。

 知人からの薦めがあって興味を持った本である。

 まずは出版社の紹介文を引く。

安倍晋三射殺で「パンドラの箱」が開き、
一気に噴出した日本政財界の闇――
その中心にいたのは、この男だった。
JR東海に君臨し続けた
アンタッチャブルの男」にはじめて迫る。

「本書が解き明かすのは、鉄道をナショナリズムの道具とするため
権謀術数を駆使した一人の経営者の半生だ。
結果としてそれが日本の鉄道にどれほど負の遺産ももたらしたか。
重い問いが読後にずっしりと残った」
ーー原武史(政治学者・放送大学教授)

国鉄改革を足掛かりに政官財界に人脈を張り巡らせ、官邸やNHKをも操る。
自らの繁栄こそ国益だと信じた男と、その権勢を後ろ盾とした長期政権。
この十年の権力の核心に迫る圧倒的ノンフィクション」
ーー松本創(ノンフィクションライター)

禁断の「革マル取り込み」で
魑魅魍魎の労働組合を屈服させ、
30年以上にわたりJR東海に君臨。
政官界の人事を自在に操り
安倍晋三最大の後見人となった。
国を憂い、国を導くその一方で、
国益をビジネスに結びつける
「国商」と呼ぶべきフィクサーだった。
国鉄解体という戦後最大の難事に
身を捧げた改革の闘士は
「怪物的黒幕」へといかにして変貌したのか!

(目次より抜粋)
・政策は小料理屋で動く
靖国神社総代と日本会議中央委員という役割
国鉄改革三人組それぞれの闘い
・「革マル松崎明との蜜月時代
・覆された新会社のトップ人事
・鉄パイプ全身殴打事件
・ばら撒かれた「不倫写真」
・頼った警察・検察とのパイプ
・品川駅開業の舞台裏
・名古屋の葛西では満足できない
安倍総理実現を目指した「四季の会」
・メディアの左傾化を忌み嫌う理由
・傀儡をNHKトップに据えた
・「菅さまのNHK
・安倍政権に送り込んだ「官邸官僚」たち
・池の平温泉スキー場の「秘密謀議」
・杉田官房副長官誕生の裏事情
・政治問題化したリニア建設計画
JR東日本JR東海の覇権争い
・安倍と葛西で決めた「3兆円財政投融資
・品川本社に財務省のエースが日参
・「最後の夢」リニア計画に垂れ込める暗雲
JR東海の態度に地元住民が激怒
・「リニア研究会」という名の利権
安倍晋三への遺言
・大間違いだった分割民営化
・国士か政商か
・覚悟の死

「権力者には宿命的な不安と恐怖が生まれる。
夢のためには権力を手放してはならない……」
(本書「おわりに」より)

 

 

 知人が言っていたとおり「スゴイ」本であった。

 国鉄が分割民営化されたのが1987年4月のこと。私が大学を卒業し就職して五年目のことである。当時、国鉄が大きな赤字に陥ったことがあり、しかも国鉄の職場が荒廃しており、サービスが悪く、労働生産性も低下しがちとされていた。経営改善に労使ともにひたむきに努力していればあるいは国民の理解も得られたのだろうが、国鉄職員の労働組合による順法闘争やスト権ストといった運動によって、逆に生産性もサービスもいっそう低下し国民の理解どころかかえって反発をくらっていたことを覚えている。人や貨物の輸送を担うという公共性の高さ故に、国鉄の民営化には国民の理解という大きなハードルがあったはずだが、こうした組合運動の結果、国鉄は一般国民の支持を失っていき、民営化に一気にすすんでしまったと記憶している。分割民営化に至るそのような記憶がすべて正しいとは言えないかもしれないが、大きくは間違っていないと思う。

 たまたま私は鉄道ではないが、旅客運輸事業を主体とする会社に就職していたこともあって、そうした動きを興味を持って観ていた。そして当時所属していた部署もたまたま人事部門であった。そんな私が国鉄民営化に至る動きを見て学んだことが二つある。一つは「いかに公共性が高くとも、利用者(お客様)に見放されては事業が成り立たないこと」。言い換えれば旅客運輸業の経営者と従業員はCS(顧客満足)を旨とすべしである。もう一つは「経営上、労組との協調は最重要事項である。しかし時に労組の大きな反発を受けてもやらねばならない改革がある」こと。労使の関係はなれ合いであってはならない。労使の関係は対等な緊張関係であるべきだ。その意味で会社は労組、従業員の要求や意見に充分耳を傾ける必要がある。しかしいかに力を持つ労組の言うことであっても、間違った要求、出来ない要求にはけっして屈してはならない。いやしくも経営者あるいは人事労務部門に所属する者は、そうした要求に屈したりおもねったりすることなく闘う覚悟が必要だということだろう。

 本書を読んで最も驚いたのは葛西氏が国鉄分割民営化を進める中で、こともあろうに革マルと手を組んだことである。そんな発想は私のような凡庸な人間には無い。常識的にはあり得ないことだ。それこそが葛西氏の凄みであり、怖ろしいところであろう。本書の前半は主に国鉄分割民営化と民営化後の経営について書かれ、後半には葛西氏の悲願でもあった超電導リニアの実現に向けての動きについて書かれているが、読み物としておもしろく私の興味をひくのは圧倒的に前半であった。

 本書において著者・森氏は葛西敬之氏のことを「国商」と表現している。一般に政府や政治家と結託して特別な利権を得ている商人を「政商」と表現する。そして「政商」という言葉には多分に邪な手段で儲けているという侮蔑的な意味が含まれている。一方で 国家のために身命をなげうって尽くす人物を「国士」と表現する。これは逆に優れた人物という尊敬のニュアンスを持つ。おそらく森氏は葛西氏に対する畏敬の念を込めて「国商」という言葉を選ばれたのだろう。

 国鉄分割民営化には賛否両論あり、それが正しかったとは言い切れない。しかし、それがその後の社会経済に、特に労働運動に与えた影響は甚大である。本書はそのような重要な変革を、それも極めて難しい変革を、その中心人物として成し遂げた葛西敬之という人物の凄みを存分に描いている。そして私もまたそんな葛西氏に畏敬の念を持つ一人である。