佐々陽太朗の日記

酒、美味しかったもの、読んだ本、サイクリング、旅行など。

『不夜城』(馳星周:著/角川文庫)

2021/05/30

不夜城』(馳星周:著/角川文庫)を読みました。

 まずは出版社の紹介文を引きます。

アジア屈指の歓楽街・新宿歌舞伎町の中国人黒社会を器用に生き抜く劉健一。だが、上海マフィアのボスの片腕を殺し逃亡していたかつての相棒・呉富春が町に戻り、事態は一変する。富春は上海マフィアのボス元成貴の片腕を殺して逃亡中だった。健一は元に3日以内に富春の身柄を渡せと脅される。同じ頃、夏美と名乗る女が健一を訪ね、意外なものを売りたいと口にする――。

新たな小説世界を切り開いた、馳星周衝撃のデビュー作。

 

 

 

 馳星周氏の小説を読んだのはこれが3冊目。まず直木賞受賞作『少年と犬』から入り、次に『ソウルメイト』を読んだ。どちらも犬とその飼い主がお互いを思いやり、お互いを一個の人間(人)とリスペクトしつつ、ためらいなく相手のために献身する様に泪した。

 一方で馳氏といえばデビュー作にして、一大ブームをおこし映画化もされた『不夜城』のイメージが強烈である。宝塚じゃないが”清く正しく美しく”を心がけてきた私はノワールというか暗黒小説というか、そうした類いの小説をどちらかというと避けてきた。ジェイムズ・エルロイを少し読んだことがある程度である。ハードボイルドでニヒルな探偵やスパイも好きだが、主人公が正義の側につくのがおおかたである。ところがどっこい、本作『不夜城』の主人公(劉健一)は自分が生きのこるためには、平気で周りを裏切る男だ。主人公の育ちと周りの環境がそうあらねばならぬように仕向けているわけだが、非情と言えば非情、人でなしといえば人でなしである。不思議なことに、読むうちにそんな主人公にどんどん肩入れしていく自分がいた。それほどこの主人公は強烈な魅力をはなっているのだ。

 無秩序で無国籍で猥雑で危険な街、新宿歌舞伎町。そこにある享楽は刹那の姿で、ほんとうは暗く深い悲しみと絶望に満ちている。そんな街で生きようとする男、いやそんな街でしか生きられない男が、ただ一人一緒にいたいと思う女に出逢った。まったく信用できない、ある意味、自分と生き写しの女ではあるけれど、それだけにその女のことが心の奥底の部分で分かる。お互い相手が平気で自分を裏切る人間だと知り、その裏切りによって自分が命を落とすこともあり得ると分かったうえで一緒にいたいと思った唯一無二の存在。そんなかたちでしか絆を持てない二人が切なく、哀しく、美しい。

 よい小説でした。続編も読みます。映画も観ます。