2026/10/17
『途上の王国 一号線を北上せよ モロッコ天涯編』(沢木耕太郎:著/スイッチ・パブリッシング)を読んだ。
まずは出版社の紹介文を引く。
1997年、沢木耕太郎が『深夜特急』の終着点だったロンドンへの再訪をきっかけに旅したモロッコ。1998年に雑誌で連載されたきりとなっていたその旅の紀行文の原稿に、加筆修正や書き下ろしの序章を加え、この度一冊の単行本に。文中の所々にモロッコで撮影した写真をオールカラーで組み込んだ構成の、沢木耕太郎のまったく新しい“スナップショット・トラヴェローグ”が誕生。 ロンドン、ジブラルタル海峡、タンジール、カサブランカ、マラケシュ、カスバ街道、サハラ砂漠、フェズ……偶然に導かれるように、街から街へ移動を続けながら、イスラムの空気が漂う迷宮の地を彷徨い歩く。
上記紹介文のとおり、本書は1997年のモロッコ旅行をもとに、1998年の雑誌連載原稿を加筆・再構成した作品とのこと。1997年、沢木氏は『深夜特急』の映像化をきっかけにロンドンを再訪し、そこからモロッコへ向かった。それは49歳になっていた沢木氏が、20代の自分が残してきた「心残り」を回収する旅であった。『深夜特急』の終着点から始まる新たな旅について書かれたのが本書である。
本書には『深夜特急』のような若い熱量は感じられない。好奇心に駆られての無謀さやスリルもかつてほどでは無い。しかし『深夜特急』にはなかった落ち着きと深さがある。未知の地への旅にも文章にも沢木氏の成長が見て取れる。ひと言でいえば「円熟」であろう。
ここで沢木氏の主な著書(単行本)を、出版年順にまとめてみる。抜けているものもあるかもしれないけれど。タイトルの頭に、既読本は★、未読本は○を付す。
1970年代
★『若き実力者たち 現代を疾走する12人』文藝春秋(1973年)
★『敗れざる者たち』文藝春秋(1976年)
★『人の砂漠』新潮社(1977年)
★『テロルの決算』文藝春秋(1978年)
★『地の漂流者たち』文春文庫(1979年)
1980年代
○『一瞬の夏』新潮社(1981年)
★『路上の視野』文藝春秋(1982年)
★『バーボン・ストリート』新潮社(1984年)
★『深夜特急 第一便 黄金宮殿』新潮社(1986年)
★『深夜特急 第二便 ペルシャの風』新潮社(1986年)
★『馬車は走る』文藝春秋(1986年)
★『王の闇』文藝春秋(1989年)
1990年代
★『チェーン・スモーキング』新潮社(1990年)
★『彼らの流儀』朝日新聞社(1991年)
★『深夜特急 第三便 飛光よ、飛光よ』新潮社(1992年)
★『象が空を 1982-1992』文藝春秋(1993年)
○『檀』新潮社(1995年)
○『オリンピア〜ナチスの森で』集英社(1998年)
2000年代
○『血の味』新潮社(2000年、初の長編小説)
○『世界は「使われなかった人生」であふれてる』暮しの手帖社(2001年)
○『イルカと墜落』文藝春秋(2002年)
○『シネマと書店とスタジアム』新潮社(2002年)
○『沢木耕太郎ノンフィクション』文藝春秋(全9巻、2002〜2004年)
○『一号線を北上せよ』講談社(2003年)
○『無名』幻冬舎(2003年)
○『杯 WORLD CUP』朝日新聞社(2004年)
○『冠 OLYMPIC GAMES』朝日新聞社(2004年)
○『凍』新潮社(2005年)
○『危機の宰相』魁星出版(2006年)
○『「愛」という言葉を口にできなかった二人のために』幻冬舎(2007年)
○『246』スイッチ・パブリッシング(2007年)
○『旅する力──深夜特急ノート』新潮社(2008年)
2010年代
○『あなたがいる場所』新潮社(2011年)
○『ポーカー・フェース』新潮社(2011年)
○『キャパの十字架』文藝春秋(2013年)
○『流星ひとつ』新潮社(2013年)
○『旅の窓』幻冬舎(2013年)
○『波の音が消えるまで』新潮社(上下、2014年)
○『キャパへの追走』文藝春秋(2015年)
○『銀の街から』朝日新聞出版(2015年)
○『銀の森へ』朝日新聞出版(2015年)
○『春に散る』朝日新聞出版(上下、2017年)
○『銀河を渡る 全エッセイ』新潮社(2018年)
○『作家との遭遇 全作家論』新潮社(2018年)
2020年代
★『旅のつばくろ』新潮社(2020年)
○『飛び立つ季節―旅のつばくろ』新潮社(2022年6月)
○『天路の旅人』新潮社(2022年10月)
○『夢ノ町本通り』新潮社(2023年9月)
○『暦のしずく』朝日新聞出版(2025年)
★『途上の王国 一号線を北上せよ モロッコ天涯編』スイッチ・パブリッシング(2026年6月)
写真集・共著
○『天涯』全3巻、スイッチ・パブリッシング(1997〜2003年)
○『カシアス』(写真家・内藤利朗との共著)スイッチ・パブリッシング(2005年)
整理してみて分かったのは、90年代半ばまでに出版された本はほとんど追いかけて読んでいること。初めて読んだ『深夜特急』で沢木氏に心酔してのことだった。その後はご無沙汰である。それはそれで構わない。読みたいと思いながら読めていない本が他に数え切れないほどあるのだ。沢木氏だけを追いかけるわけにはいかない。私が未だ30歳代と若かったころ読んだ『深夜特急』が香港からロンドンまでをバックパッカーとして旅をした紀行文だった。今日読み終えた『途上の王国 一号線を北上せよ モロッコ天涯編』を『深夜特急』の長い後日譚として読むことができたことには意義があった。ただ、今分かったことだが、本作は『一号線を北上せよ』(講談社・2003年)という既刊タイトルを引き継いでいるのだ。そういえば本書冒頭に「一号線はどこにある?」というタイトルの短文が掲載されている。一号線とはヴェトナムの南にあるホーチミンと北のハノイを結んでいる道路のこと。ロンドンからモロッコに向かう旅の話になぜ(?)といきなり違和感があったのだが、そういう事情なのだと分かった。とすると、読む順番を間違ったことになる。既刊『一号線を北上せよ』(講談社・2003年)を読まないことには、本書を深く理解し読み切ったことにはならないだろう。もう一つ腑に落ちないことがあった。本書の第四章「塔 カサブランカからの手紙」が誰かに宛てられた長い手紙なのだが、いったい誰にあてたものなのかが判然としない。本書にはもう一つ第七章の文中に友人・井上陽水に宛てた短い手紙のことが書かれているが、「カサブランカからの手紙」は他の人に宛てられたものだと思われる。沢木氏が夜にホテル・エクセルシオールの部屋へ戻ってその日一日を振り返りながら長い手紙を書く。その手紙を書き終えるころ、夜が明けかかっていると書かれていることから、ほぼ夜を徹して書かれたのだろう。そのような手紙を書く相手がいったい誰なのか、ひょっとして『一号線を北上せよ』(講談社・2003年)を読むことで判るかもしれないと思うのだ。さて、善は急げ。さっそく図書館に借りに行こう。
